No. 282011. 07. 21
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London School of Hygiene & Tropical Medicineの教育プログラム(1/3)

  • 東海大学医学部総合内科
  • London School of Hygiene & Tropical Medicine MSc in Tropical Medicine and International Health
  • 上田 晃弘
  • (今号は3週連続で配信します。)


     London School of Hygiene & Tropical Medicine(LSHTM)は、公衆衛生や熱帯医学を領域とする大学院大学で、世界各国から多くの学生や研究者が集まっている教育・研究機関である。本学にはFaculty of Epidemiology and Population Health、Faculty of Infectious and Tropical Diseases、Faculty of Public Health and Policyの3つがあり、臨床医、疫学者、統計学者、分子生物学者、社会学者など様々な専門家が互いに連携して多方面から教育・研究に取り組んでいる。これは世界でもあまり類を見ないLSHTM特有の環境とも言えるだろう。

     また、学生の多様性もLSHTMの大きな特色の一つである。2009~2010年の時点で、ロンドンで行なわれるMaster Degreesでは67か国から647人の学生が、通信教育のコースでは149か国から2667人の学生が、Research Degreesでは57か国から398人の学生が学んでいる(http://www.lshtm.ac.uk/aboutus/annualreport/)。本学の卒業生は15000人を超え、約180か国において、保健に関する省庁、大学、病院、国際機関などで活躍している。

     私は、感染症診療に携わる中で、かねてから熱帯医学および国際保健についての学びを深めたいと考えていたが、その望みがかなって2010年9月よりLSHTMで学んでいる。今回、全3回にわたり、私のロンドン留学経験について寄稿する機会をいただいた。初回は、LSHTMの概要とロンドンでの生活について述べたい。

    LSHTMの教育プログラム

     本学での教育プログラムには、Master Degreesに加え、Research DegreesとShort Courses がある。

     Research Degreesには、Doctor of Public Health (DrPH)、Doctor of Philosophy (PhD)のコースがあり、主に3、4年間のプログラムである。現在、日本人学生も数名在籍しており、各々の研究に励まれている。

     Short Coursesには、Diploma in Tropical medicine and Hygiene、Diploma in Tropical Nursing、Infectious Diseases in Humanitarian Emergencies、Travel Medicineなど29のコースがある。コースの期間は、内容によって数日や3か月など様々である。

    Master Degreesの概要

     本学のMaster Degreesは1年間のプログラムで、ロンドンで行なわれるコースが22 、通信教育のコースが5ある()。私が現在学んでいるTropical Medicine and International Healthは、ロンドンで行なわれるMaster Degreesに含まれる。

    表 LSHTMのMaster degreesのコース

    Masters Degrees in London

    Biology and Control of Disease Vectors

    Control of Infectious Diseases

    Demography and Health

    Epidemiology

    Health Policy, Planning and Financing

    Immunology of Infectious Diseases

    Medical Microbiology

    Medical Parasitology

    Medical Statistics

    Molecular Biology of Infectious Diseases

    Public Health

    Environment and Health stream

    Health Economics stream

    Health Promotion stream

    Health Services Management stream

    Health Services Research stream

    Public Health stream

    Public Health for Eye Care

    Public Health in Developing Countries

    Public Health Nutrition

    Reproductive and Sexual Health Research

    Tropical Medicine and International Health

    Veterinary Epidemiology

    Masters Degrees by Distance Learning

    Clinical Trials

    Epidemiology

    Infectious Diseases

    Public Health

    Global Health Policy

     Master Degreesを受講する学生のバックグラウンドは、医師に限らず、NGO職員、薬剤師、助産師、開発コンサルタント、各国政府職員など様々である。なお、コースによっては、受講資格として特定の要件が設定されている場合もあり、例えば私の履修しているTropical Medicine and International Healthは医師に限られている。また、Public Health in Developing Countriesは過去に途上国での援助経験を有する者に限られている。

     Master Degreesでは、9月下旬にオリエンテーションがあり、10月初旬より1学期が始まる。1学期には、そのコースの中心となる科目を受講する。1学期は、1週間の休みを挟んで12月まで続く。

     翌年1月から4月にかけて2学期があり、休暇を挟み、その後6月までが3学期となる。2、3学期では、いくつかの科目から選択が可能である。2学期には前半2つ、後半2つの計4つのModuleが、3学期には2つのModuleがあり、そのModuleごとに自分の希望する科目を選択し、受講する。

     その後、6月末にMaster Degreesの試験が行なわれる。試験の後は各自のプロジェクトを2か月間行い、9月にdissertation形式の論文を提出して、1年間のコースの修了となる。Master Degreesの評価は、各Moduleでの評価、6月末に行われる試験と論文の評価を合わせて決定される。

     また、上記のほかに、全期間を通じてランチタイムや授業終了後の夕方に、学生が自由に参加できる様々なクラスが開かれている。その中の一つ、毎週月曜日に行なわれるPublic Health Lecture Seriesでは、毎回異なったテーマで公衆衛生に関する講義が行なわれ、多くの学生が参加している。また、外部講師を招いての講演会もしばしば行なわれる。各分野の著名な専門家の講演を聴く機会が豊富であることもLSHTMの特長の一つだろう。

    学習環境

     いずれの科目でも講義と実習やグループワークが組み合わされていることが多く、カリキュラムもよく練られている。各学期のModuleが始まる前には詳細な時間割表と資料が配布され、また毎回の授業の際にもハンドアウトが配られる。多くの科目では、ハンドアウトは電子媒体としても提供される。

     学内には数十台の端末を備えたコンピュータルームが複数あり、計150台前後の端末で多数のアプリケーションを使用することができる。また、オンラインで相当数の電子ジャーナルにもアクセスが可能である。ITサポートも充実しており、Endnoteの使用方法や文献検索の仕方などのレクチャーも適宜行なわれている。

     全体として、学ぶための環境はとても充実している。

    ロンドンでの生活

     さて、ロンドンでの学びを始めるに当たって、いくつか考えなければならないことがある。

     まず、入学に当たっての大きなハードルの一つに学費がある。EU出身の学生と非EU出身の学生とでは必要となる学費に2~3倍の違いがあり、われわれ非EU出身学生にとっては負担が大きい。そのため、製薬企業や世界銀行から提供される奨学金を受けて受講している学生も多い。

     また、ロンドンは生活費の高いことでも有名であり、ヨーロッパの中でも最も高い部類に入る。大学近辺で住宅を借りようとするとかなりの出費となるため、多くの学生は少し離れた場所に居を構え、地下鉄やバスで通っている。幸い、地下鉄やバスなどの公共交通機関については学生割引がある。もう一つの方法としては、寮や学生会館を利用することだろう。ただ、これは相当早期に満室となってしまため、合格が決まり次第早めに手配することが望ましいようだ。

     ロンドンでは地下鉄網やバス路線がとても発達しており、深夜になっても多くの路線でバスが運行している。市内の移動に関しては公共交通機関でほぼ問題がない。ただ、地下鉄が遅延や不通となることがあり、この場合はバスを使用することになるが、地下鉄に比べて大幅に時間がかかるため、注意が必要である。

     生活する上で忘れてならないものは食事である。「イギリスはあまり食事がおいしくない」という話をよく耳にするが、私個人としてはそんなことはないように思う。フィッシュ・アンド・チップスは私の好物の一つであるし、パイも美味しい。また、少なくともロンドンでは、やや費用はかさむが、様々な国の料理を楽しむこともできる。おいしい刺身がいつでもどこでも食べられるというものではもちろんないが、日本食材を扱う店もいくつかあり、そこで納豆なども手に入れることができる。食事に関しても私は満足している。

     以上、LSHTMの概要とロンドンでの生活について簡単に紹介した。次回は、私のMaster Degreesでの経験についていくつか記したい。

    (続く)

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