No. 1012023. 08. 15
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ASM microbe 2023 体験記

  • 京都大学医学部附属病院検査部・感染制御部
  • 京都大学大学院医学研究科臨床病態検査学
  • 篠原 浩
  • 今回、米国微生物学会(American Society of Microbiology;ASM)の学術講演会であるASM Microbeで現地発表する機会に恵まれましたので、情報を共有したいと思います。

    1.ASM Microbeについて

    ASM Microbeは年1回開催され、今年(2023年)は6月15日から19日にかけて、テキサス州ヒューストンが舞台となりました(図1)。昨年(2022年)はワシントンD.C.で開催され、来年(2024年)はジョージア州アトランタでの開催が予定されています。

    米国での微生物関連の学会といえば、ICAACという名前に聞き覚えのある先生が多いかもしれません。2015年まではInterscience Conference on Antimicrobial Agents and Chemotherapy(ICAAC)が抗微生物薬と薬剤耐性の臨床と基礎を統合した学会として開催され、日本人も多く参加していました。2016年からは、ICAACはASM General Meetingという基礎研究者がメインの学会と統合し、ASM Microbeとして開催されています。

    ASM Microbeは基礎から公衆衛生、臨床に至る幅広い微生物の領域をカバーしており、参加者も基礎の研究者から公衆衛生担当者、臨床検査技師、薬剤師、臨床医まで幅広いことが特徴です。演題や講演が大まかにセクション分けされており、2023年は以下の9セクションがありました。

    1. Antimicrobial Agents and Resistance(AAR):抗微生物薬と薬剤耐性
    2. Applied and Environmental Science(AES):応用・環境微生物学
    3. Clinical Infection and Vaccine(CIV):臨床感染症とワクチン
    4. Clinical and Public Health Microbiology(CPHM):臨床・公衆衛生関連の微生物学
    5. Molecular Biology and Physiology(MBP):分子生物学と生理学
    6. Profession of Microbiology(POM):微生物学分野のキャリア形成
    7. Ecology, Evolution and Biodiversity(EEB):エコロジー、進化と生物学的多様性
    8. Host-Microbe Biology(HMB);宿主-微生物間の生物学
    9. Climate Change and Microbes(CCM):気候変動と微生物

    一見して分かるようにテーマが多岐にわたっており、臨床医の私からすると理解が難しいような演題や講演も含まれましたが、その一方で微生物学分野における最先端の研究手法について学ぶことのできる貴重な機会でした。

    図1 ASM Microbe 2023が開催されたGeorge R. Brown Convention Center@Houston, TXの外観

    2.抄録提出(abstract submission)から発表の準備

    抄録の提出は1月下旬が締切で、ASM microbeのサイトにオンラインで登録します。抄録の作成や登録の方法は基本的に日本の学会での方法と大きくは変わりませんが、図表の添付ができるのが異なる点かもしれません。採択通知は3月初旬(2023年は3月1日)にあり、メールで通知が来ます。この辺りも特に日本の学会と大きな変わりがないと思います。

    ポスターの準備に関して、日本の学会ではポスターを張るスペースは縦長が多いように思いますが、ASM microbeをはじめとした欧米の学会では横長であることが多く、今回も横8フィート(約244cm)×縦4フィート(約122cm)内に収めるよう指示がありました。注意点として、かなり大型のポスターになるので、日本で印刷したものを持ち込む場合、ポスターを入れるケースに入るかを確認しておく必要があります。一般的なケースの長さは60~90cm程度までで、大きなものでも100cmのポスターとなるとかなりぎりぎりです。折ったりせずに綺麗なポスターを掲示したい場合は、あらかじめ持っているケースの大きさを確認するか、現地での印刷サービスを利用したり、現地に直接送ったりするなどの対応が必要かもしれません。

    今回は、通常のポスター発表に加え、Rapid Fireと呼ばれている口頭発表の機会に恵まれました。Rapid Fireは、ポスター発表の要点のみを3枚のスライドにまとめ、3分間で口頭発表し、2分間で質疑応答するセッションです。時間が短いので、いかにシンプルにまとめ、分かりやすくプレゼンするかが問われます。

    発表の準備については、理解しやすくなるよう、イラストを含めた図表を用いてなるべく文字数を少なくすることを心がけました。特に、Rapid Fireではスライド当たりに割ける時間も少ないので、文字を読んで細かく理解してもらうというよりは、研究の概念と主要な結果について紹介する、という意識を持ってスライドを作成しました。なお、スライドのテンプレートが学会のサイトに用意されており利用可能でした。

    なお、一般公開されている学会のサイトに加え、参加者は学会アプリが利用可能でした。抄録を含めたプログラムが閲覧できるだけではなく、マークして日時の通知を受けたり、スマートフォンやPCでオンデマンド視聴できたりするなど、なかなか便利でした。私は使用しませんでしたが、参加者にメッセージを送ることもできるようでした。

    完成したポスターおよびスライドは、発表の数日前までに学会のサイトに登録することが求められます。登録したポスター/スライドは、参加者が学会アプリを用いてスマートフォンやPCから閲覧することが可能となります。

    3.発 表

    ポスター発表は、日本の学会の場合と大きな変わりはありません。広い会場に掲示用のボードが並んでおり、割り当てられた番号のボードに発表当日の朝にポスターを張ります。掲示用のピンは用意されていました。発表方式は、決められた時間(ASM microbeでは1回1時間、1日2回のポスターセッションの時間が設けられていました)にポスター前で待機し、見に来てくれた方にプレゼンする、というものでした。幸い、10名を超える方が私の発表に興味を持ってくださって、セッションの時間の多くをプレゼンやディスカッションに充てられました。

    Rapid Fireは会議室内ではなく、それぞれの会議室の外にあるスペース(廊下やホワイエに当たる部分。会議場が広いので比較的大きなスペースです)に大型モニターを取り囲むように椅子を置いて会場としていました(図2)。通常の会議室内での発表よりも開放感があり、フランクな感じで、どの発表に対しても活発な質疑応答がされていました。私自身はそれほど英語が得意ではなく、質疑応答にあたっては結構緊張していたのですが、周りのアットホームな雰囲気と、日本人の参加者の方が数名応援に駆け付けてくださったこともあり、なんとか無事に切り抜けられました。発表後のポスターセッションでも、「さっきのRapid Fireの発表を聞いて見にきたよ、面白い研究だね!」と声をかけてくださった参加者の方もいて、Rapid Fireはポスターを見にきてもらうよい宣伝の効果もあるようでした。

    図2 Rapid Fireの会場の様子

    4.学会の様子

    今回の学会では、気候変動と微生物の関わりが一つのテーマで、特別にセクションも設けられていました。臨床に関係する内容では、グラム陰性菌の薬剤耐性や、Candida auris や糸状菌をはじめとした真菌についてのプログラムに加え、次世代シーケンサー(next generation sequencer;NGS)を用いた検査や研究に関してのワークショップなどを中心に聞いて回りました。真菌については、米国ではCandida auris が院内感染の原因として問題となっていることもあり、抗真菌薬耐性の問題がより切実になっている印象を受けました。また、アスペルギルスについては、ヨーロッパの複数国にまたがって30以上の施設が参加しているサーベイランスなどが紹介されており、その規模の大きさに圧倒されました。さらに、日本ではPCR法やLAMP法などを用いた核酸増幅検査の診断機器がようやく広まってきましたが、米国ではすでにNGSを用いた原因微生物解析が実用化されていることもあり、NGSのワークショップには多くの方が参加して活気がありました。

    会期終了後も多くのセッションはオンデマンド配信されており、時間が重複して聴けなかったセッションについては帰国後に時間を見つけて視聴しています。ただ、一部のセッション(主にRapid Fireを含めた一般演題の口頭発表)はオンデマンド配信の対象となっていないため、あらかじめオンデマンドの対象となっているかどうかを確認の上、現地で聴講するかオンデマンド視聴とするかを決めることをお勧めします。

    5.その他

    学会の開催時期がちょうど記録的な暑さで、日中の最高気温は37~38℃程度まで上昇していたようです。そのためか、会場内は冷房が非常に効いており、シャツ1枚では凍えるほど寒かったです(ジャケットを羽織っても寒いくらいでした)。真夏の学会であっても、参加する場合には脱ぎ着しやすい上着を持っていくとよいかもしれません。

    宿泊については、学会サイトからホテルを予約しました。ホテル予約サイトなどとも比較しましたが、学会サイトからの方が安く予約できるようでした。ただ、それでも円安や現地物価の高騰を反映してか、かなり高額でした。紹介されていたホテルは安いものを探しても1泊180ドル(約2万5000円)以上で、多くが200ドル(約2万8000円)以上でした。さらに、米国内でもボストンやワシントンD.C.など他の都市ではこれ以上に宿泊費が高騰しており、会場の近隣で探すと最低でも1泊4~5万円以上するという状況のようです。所属施設などから出張費が出る場合も、宿泊費については上限を設けていることが多いと思いますので、頭の痛い問題です。

    また、ヒューストンに限らず、海外では学会の開かれている会場の近くであっても、治安が良くない地域が点在していることがあります。今回も、帰りに空港に向かうために利用したバス停の近くで、利用した前夜に発砲事件があったことを帰国後に知ってびっくりしました。そのため、宿泊する施設周辺や会場までの経路が安全かどうかについて、事前によく調べておくことをお勧めします。

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