No. 352012. 08. 02
成人 > ケーススタディ

「命拾いしました」(2/3)

東北大学大学院 医学系研究科 感染症診療地域連携講座

具 芳明

(今号は3週連続で配信しています。1号目

Case B

 あなたは総合病院の内科に勤務しています。2週間前まで整形外科に入院していた73歳男性が、左上下肢の麻痺を訴えて受診しました。整形外科には両側腸腰筋膿瘍と腰椎(L2)化膿性椎体炎で入院しており、ドレナージおよび抗菌薬で治療されていました。入院時の血液培養からBacteroides が検出されており、退院後もアモキシシリン・クラブラン酸を継続内服していました。退院後のADLは何とか座位を保てるレベルで、施設に入所して過ごしていました。このほかには特記すべき既往歴はありません。

 今回は受診3日前から左上肢麻痺があり、様子を見ていたものの改善しないため近医を受診したところ、左上下肢の不全麻痺が認められ、脳梗塞疑いであなたの勤務している病院へ救急搬送・入院となりました。入院時には左上下肢の麻痺(上肢により強い)を認めました。バイタルサインでは頻脈(脈拍数115/分)を認めました。発熱はありません。入院時の頭部CT/MRI検査では異常所見はありませんでした。

 入院翌日、傾眠傾向となり頸部痛の訴えもあったため、細菌性髄膜炎の可能性を考えて腰椎穿刺を施行したところ、細胞数4651/μL(多核98%)、髄液糖33mg/dL(血糖169mg/dL)でした。髄液グラム染色では菌体を確認できませんでした。

 ここまでで一連の症状をどう考えればよいでしょうか。髄液は細菌性髄膜炎に矛盾しない所見です。細菌性髄膜炎とそれに伴う巣症状で説明できるでしょうか。

 今回の経過では、傾眠傾向や頸部痛の訴えが出現する3日前に左上肢麻痺に気づかれています。ADL の低下した高齢者であり、症状が顕在化しにくいのは確かです。しかし、細菌性髄膜炎に伴う巣症状にしては、経過が不自然な印象を受けます。むしろ、麻痺が主たる症状で、その他の症状はそれに引き続いて生じてきたと考えたほうが、時系列的には自然です。頭部の画像検査で所見を認めなかったこともあり、頸部の病変を疑って頸椎MRIを行なったところ、C4-6に硬膜外膿瘍を認めました()。麻痺はこれによる症状、髄液所見は硬膜外膿瘍に伴う変化(いわゆるparameningeal infection)と考えられました。

図 本症例の頸椎MRI画像

 MRI 所見が得られた直後、入院時に採取した血液培養からグラム陰性桿菌が検出されたとの連絡が入りました。ただちにグラム陰性桿菌による頸髄硬膜外膿瘍として抗菌薬治療を開始するとともに、整形外科とドレナージの検討を開始しました。翌日には大腸菌と判明し、感受性結果に合わせ抗菌薬を適正化して治療を継続しました。なお、あらためて検索を行なった結果、前立腺膿瘍が確認され、尿路に由来した菌血症が硬膜外膿瘍の原因になっているものと考えられました。

 本症例では、いったんは細菌性髄膜炎ですべての症状を説明できるかと思われました。しかし、それではすべての経過を説明するのにやや無理があるのではないかと考え、頸部の検索が必要との判断に至りました。頸髄硬膜外膿瘍では、抗菌薬治療と合わせ膿瘍ドレナージを行なって除圧を図ることが基本方針となる[1]ため、確実に診断をつけることが重要です。ADLの低下した高齢者では症状がはっきりしないことがありますが(今回は発熱を認めていない)、だからこそ丁寧に症状を確認していくことが大切です。

 入院時に血液培養が採取されており、そのために細菌学的な診断を早くつけることができました。入院当初は診断がはっきりしない状態でしたが、最近の感染症の既往があったこともあり、菌血症による諸症状を念頭に血液培養を提出していました。このようなかたちで血液培養に助けられた経験を持つ方も多くいるのではないでしょうか。

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診 断 : 頸髄硬膜外膿瘍

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ポイント

  1. 片麻痺は頭蓋内の問題と決めつけない。腑に落ちない経過なら頸部の検索も考える。
  2. 血液培養にはしばしば助けられる。感染症の可能性が頭をかすめたら、血液培養採取を考慮する。

【References】
1)青木眞:硬膜外膿瘍,レジデントのための感染症診療マニュアル,医学書院,2008,p.456-7.

(続く)

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