No. 162010. 02. 14
成人 > その他

感染性腸炎の診断と治療(2/3)

東京女子医科大学 感染症科

相野田 祐介

(3分割配信の2回目です 1回目


 今回は、感染性腸炎の具体的な診断と治療についてお話します。

感染性腸炎の診断の流れ

 感染性腸炎の診断の流れを図1に示します。

図1 感染性腸炎の診断の流れ[1]
(画像をクリックすると拡大PDFが開きます。)

抗菌薬治療

 抗菌薬治療が必要な腸炎の起因菌などを表1に示します。以下、この表の内容に沿って解説します。

Shigella spp.
Campylobacter spp.(発症後4日以内のもの)
・旅行者下痢症(中等症以上)
Salmonella spp.については、腸炎のみを対象に行う抗菌薬治療については限定的)
C.difficile腸炎(抗菌薬投与中、もしくは最近の抗菌薬投与歴がある場合)

表1 抗菌薬治療が必要な腸炎の起因菌など[1]
※原則として、( )内が治療適応の条件となります。

1.Shigella spp.

 国内発症も多少はありますが、現在国内で報告されているもののほとんどは輸入例であり、問診上、渡航歴が重要となります[2]。
  菌種によっても症状が異なり、S.sonneiなどは下痢と発熱のみで血便を伴わないケースのほうが多いです。治療はキノロン系薬剤が中心となります。

2.Campylobacter spp.

 調理が不十分な鶏肉などから感染します。
 早期であれば、マクロライド系薬剤による治療で下痢症状や保菌期間の短縮が報告されており考慮します[1]。ただし、重症例や免疫不全例でない限り、自然軽快するものがほとんどであるため、特にこうしたリスクのない例や、ある程度時間が経過したものに対する抗菌薬治療については、治療を積極的に推奨するデータはありません。なお、キノロン系薬剤は耐性化がすすんでおり通常第一選択として 使用することはありません。

3.Salmonella spp.(腸チフスを除く)

 サルモネラ腸炎のみを対象に抗菌薬治療を行うと、逆に排菌期間を延長させてしまう可能性があることが報告されており[3]、原則不要です。ただし、菌血症はもちろん抗菌薬治療の適応になりますので、重症例や悪寒戦慄やショックなど、菌血症が疑われるような徴候がある場合はもちろん、生後6か月未満あるいは細胞性免疫不全(表2)などで菌血症のリスクがある場合も治療を行うことが推奨されています[1]。
  そのほか、血管移植や人工関節、あるいは患者の年齢が50歳以上の場合にも抗菌薬による治療を考慮する必要があります[4]。
  上記に当てはまらない軽症例に関しては、原則として対症療法で経過観察します。

・HIV感染症(CD4低値の場合)
・ステロイドや免疫抑制剤投与中(移植後や膠原病など)
・担癌患者(悪性リンパ腫など)
・化学療法中(特に細胞性免疫不全をきたす薬剤が投与されている場合)
・慢性腎不全
表2 細胞性免疫不全をきたす状況[5]

4.旅行者下痢症

 一般的には、中等症以上の症例に対して、ETEC(enterotoxigenic E.coli, 腸管毒素原性大腸菌)やCampylobacter spp.などをターゲットとして、エンピリックに治療を行います[6]。
  ただし、これは旅行の日程変更などの損害を最小限にする目的もあるため、旅行終了後(帰国後)であれば抗菌薬投与が必要にはならない場合もしばしばあります。もちろん旅行中であっても全例で治療が必要なわけではなく、軽症例では水分補給などの対症療法のみによる経過観察が推奨されています。
  また、従来からキノロン系がしばしば選択されてきましたが、東南アジアや南アジアではキノロン系薬剤耐性Campylobacterが高頻度に検出されるため、渡航先(たとえばインドやネパールやタイなど)によっては、アジスロマイシンなどのマクロライド系薬剤などを選択する必要があります[7]。

5.C.difficile腸炎

 抗菌薬投与中もしくは数か月以内の抗菌薬使用であっても発症することがあります。
  入院中で、抗菌薬投与中もしくは最近の投与歴をもつ患者の下痢では必ず考慮します。外来での内服抗菌薬が誘因となって発症することもありますので、外来における抗菌薬投与歴の聴取・確認は大変重要です。C.difficileを疑った場合には、便培養では感度が低いことや逆に毒素産生型でなくても拾ってしまうこともあるため、便中のCDトキシンを検査します。治療はメトロニダゾールもしくはバンコマイシンになりますが、CDトキシン検査は治療後も陽性が続くことがしばしばあるため、治療効果判定には用いてはいけません。

市中下痢症のエンピリックセラピーは?

 渡航歴もなく、抗菌薬投与歴もないのであれば、重症例や菌血症が強く疑われるような状況でなければ、一般的には対症療法で経過観察となります。
  先述のようにサルモネラが考慮される状況において、治療適応となるような背景がある場合にも考慮します。旅行者下痢症についても先述のとおりです。
  特に冬季では、次回述べるノロウイルス感染症などが多くなり、抗菌薬が適応となる感染性腸炎は少ないため、抗菌薬の濫用にならないよう注意が必要です。

 次週はノロウイルス感染症についてお話します。


<References>
1.Richard L Guerrant, Thomas Van Gilder, Ted S Steiner, et al. “Practice Guidelines for the Management of Infectious Diarrhea” Clin Infect Dis 2001; 32:331?50. PMID: 11170940
2.感染症発生動向調査週報(IDWR).細菌性赤痢,国立感染症研究所感染症情報センター,2008.(http://idsc.nih.go.jp/disease/shigellosis/2008sokuho.html)
3.Sanchez C, Garcia-Restoy E, Garau J, et al. “Ciprofloxacin and trimethoprim-sulfamethoxazole versus placebo in acute uncomplicated Salmonella enteritis: a double-blind trial” J Infect Dis 1993 ;168:1304-7. PMID: 8228368
4.David N, Gilbert Robert C Jr, Moellering George M, et al. Sanford Guide to Antimicrobial Therapy 2009, Antimicrobial Therapy,2009.
5.青木眞. “第16章 免疫不全と感染症”レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版,医学書院,2008 :1133-220.
6.David R Hill, Charles D Ericsson,Richard D Pearson, et al. “The Practice of Travel Medicine: Guidelines by the Infectious Diseases Society of America” Clin Infect Dis 2006; 43:1499?1539. PMID: 17109284
7.David R Tribble, John W Sanders, Lorrin W Pang, et al. “Traveler’s Diarrhea in Thailand: Randomized,Double-Blind Trial Comparing Single-Dose and 3-Day Azithromycin-Based Regimens with a 3-Day Levofloxacin Regimen” Clin Infect Dis 2007;44: 338-346. PMID: 17205438

(つづく)

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