No. 362012. 09. 21
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抗菌薬適正使用とは何か?(3/3)――③個別化した丁寧な感染症診療の推進

がん研有明病院 感染症科

原田 壮平

(今号は3週連続で配信します。1号目 2号目


 IDSA/SHEAガイドラインでは、前回紹介した2つの中心戦略を補完する手段として、De-escalation、教育、ガイドラインとクリニカルパスの活用、投与法の最適化、静注抗菌薬から経口抗菌薬への変更、抗菌薬オーダーフォームの活用(例:周術期抗菌薬の処方は自動的に48時間以内で終了する)などが挙げられています。

 De-escalationという用語は、最近日本でもしばしば耳にするようになりました。培養検査による起因菌の同定と薬剤感受性試験結果に基づいて、経験的治療で用いた広域抗菌薬をより狭域の抗菌薬へと変更すること、もしくは臨床経過や培養検査結果から感染症の存在が否定的である場合には、抗菌薬の投与そのものを終了することを指します。

 感染臓器と起因菌を各担当医が判断でき、薬剤感受性試験結果から適切な抗菌薬を選択できればそれでよいと思われますし、判断が困難な場合は感染症専門家に相談できる体制があればより望ましいでしょう。多くの感染症リスクを抱える入院患者の場合は、培養検査で検出された耐性度の高い細菌を抗菌薬治療の対象とするか否かは判断が難しいことも多いので、適時の助言によって不要な広域抗菌薬使用が防げる場面も少なくないと思われます。発熱や他の症状のない状況で分離された尿中の耐性緑膿菌や、血流感染症や人工物関連感染症が想定されない状況で検出されたコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(しばしばメチシリン耐性)が誤って治療の対象とされている場面は時折見受けられます。

 IDSA/SHEAガイドラインの記載を離れますが、感染症の治療期間の設定も適切な抗菌薬の選択とともに重要です。一般に、感染症の治療期間は感染臓器と起因微生物の種類によって決定されますが、この期間は多分に経験的に決定されており、真に最適な期間であるかは議論の余地のあるところです。

 近年では、耐性菌の選択的増殖をなるべく減らすために、治療効果を妨げない範囲で治療期間を短縮できないか――という視点での臨床研究が複数なされており、その結果を踏まえて様々な感染症で治療期間の短縮が受け入れられてきています。かつて14~21日間とされていた人工呼吸器関連肺炎の治療期間も、現在では(起因菌が緑膿菌やアシネトバクターでない場合は)7日間の治療が推奨されていますし、その他の感染症でも治療期間短縮の提案がなされています[1]。

 院内カンファレンスや院内ガイドラインの提供などによる感染症教育はantimicrobial stewardshipプログラムの重要な要素です。しかし、IDSA/SHEAガイドラインには、ここまで述べたような臨床現場における介入を伴うものでなければ、教育は有効には機能しないということが書かれています。院内ガイドラインにおける各感染症の経験的治療薬の提案は、施設のアンチバイオグラムと連動させて記載することが望ましいと考えます。同一の細菌であっても施設ごとに各抗菌薬の感受性率は大きく異なりますし、それによって最適な経験的治療薬の選択が変わるのは当然のことです。また、そのような情報提供を行なうことで、臨床医に自施設の細菌の抗菌薬感受性とその推移に関心を持ってもらうことも意味のあることです。

 「抗菌薬適正使用」の究極的な目的は「感染症に起因する患者の健康上の不利益の最小化」にあり、ここでいう「患者」には未来の患者たちも含意されます。冒頭に述べたように「ある抗菌薬の耐性菌が広がったら、新しく開発された別の抗菌薬で治療すればいい」という「抗菌薬バブル」の時代は終わりました。必要のない広域抗菌薬を長期間用いたり、臨床上のメリットが明確でない状況で新規抗菌薬を濫用したりするのは、耐性菌の拡散を促して未来の患者の治療選択肢を狭める行為であり、それは「患者のため」の医療ではありません。反面、重症感染症患者においては、起因菌に有効な抗菌薬を投与しないと目の前の患者の予後を悪化させることになります。

 「抗菌薬適正使用」とは、この両方のバランスを取るために、症例ごとに「患者側因子」「感染臓器」「起 因微生物」を考慮しながら丁寧に診療するための多面的な取り組みであり、感染症専門家や院内感染制御チームには、そのサポートやシステム構築を行なうことが望まれています。

まとめ

  • 多剤耐性菌の分離頻度の世界的な増加を踏まえて、抗菌薬適正使用の重要性がこれまで以上に高くなっている。
  • 目の前の患者に最適の治療を行ないつつ未来の患者の治療薬も温存するために、必要のない抗菌薬の使用を避け、使用する場合もできるだけ抗菌スペクトラムの狭い抗菌薬を用いることが求められる。
  • 特定の広域抗菌薬の使用量の減少は、患者の健康上の不利益を減ずるための手段であって目的ではない。
  • 最適な抗菌薬選択においては、症例ごとの「患者側因子」「感染臓器」「起因微生物」の丁寧なレビューが必要であり、マニュアルやガイドラインのみでは達成できない。
  • 担当医が個別化した感染症診療を行なうことをサポートすることが、感染症専門家や院内感染制御チームに求められる重要な役割である。

【References】
1)Hayashi Y,et al:Strategies for reduction in duration of antibiotic use in hospitalized patients.Clin Infect Dis.2011 May;52(10):1232-40.

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