No. 262011. 04. 25
成人 > レビュー

アシネトバクター感染症(1/3)

東邦大学医学部 微生物・感染症学講座

原田 壮平

 (今号のミニレビューは、3週連続で配信します。)

はじめに

 多剤耐性アシネトバクター(Multidrug-resistant Acinetobacter spp.:MDRA)の医療施設内アウトブレイクは、これまでも国内で散発的に報告されておりましたが、2010年に起きた都内医療機関における院内拡散事例の報道の際には、医療従事者のみならず一般市民にも注目される状況となりました。しかしながら感染症を専門としない医師にとって、アシネトバクター属菌(Acinetobacter spp.)は日常の診療においてあまりなじみのある菌ではないものと思われます。そこで今回のミニレビューではアシネトバクター、なかでも臨床的な重要性が高いアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii )の微生物学的・臨床的特徴について概説したいと思います。

微生物学的特徴

アシネトバクター属菌はブドウ糖非発酵のグラム陰性球桿菌です。臨床検体のグラム染色においては脱色不良となりやすく、時にグラム陽性菌と誤認されます(gram-variable)[1]。また、双球菌状に観察されることもあり[2]、熟練していない者にとってはその判別は困難を伴います。

 アシネトバクター属菌には30以上の遺伝種(genomic species)がありますが、そのなかでも最も臨床的重要性が高いのがA. baumannii です[3]。その他のアシネトバクター属菌は、血流感染症などの侵襲性感染症の報告はありますが[4, 5]、A. baumannii と比較するとその臨床的位置づけは明確ではありません。細菌検査室においては、分離株のグラム染色性と形態(球菌、桿菌、球桿菌)、物質の代謝などの生化学的性状を元に菌名を同定しますが、一般的に用いられている同定法ではA. baumannii と、Acinetobacter calcoaceticus Acinetobacter genomic species 3、Acinetobacter genomic species 13TUの3種の区別ができないことが知られています[3]。よって細菌検査室からの報告は、これらの4菌種をすべて含めたかたちで「A. calcoaceticus - A. baumannii complex(ACB complex)」あるいは「A. baumannii 」と報告されています。本邦で自動同定機器によりACB complexと報告された分離株のうち真のA. baumannii の占める割合は3割程度、との報告もあります[6]。過去の知見から、侵襲性感染症の起因菌やアウトブレイクを起こしている株として分離された場合は、真のA. baumannii である可能性が相対的には高いと思われますが推測の域を出ません。

 A. calcoaceticus は環境分離菌としてよく知られており、ヒトの重症感染症の起因菌となる可能性は低いと考えられています[3]。Acinetobacter genomic species 3、Acinetobacter genomic species 13TUについてはその同定の困難さから十分な臨床的知見が蓄積しておりませんが、近年の報告ではA. baumannii とは異なる臓器の感染症を起こし、また感染症の予後も異なる可能性が示唆されています[7, 8]。さらに抗菌薬の感受性や保有している耐性遺伝子の傾向もA. baumannii のそれらとは異なるようです[9, 10, 11]。

  ACB complexに属する菌種の正確な同定には、16S rRNA遺伝子のPCR増幅産物の制限酵素切断断片解析(amplified 16S rRNA gene restriction analysis:ARDRA)や、A. baumannii が染色体上に保有しているβラクタマーゼ遺伝子(blaOXA-51-like)の保有の有無を確認するなどの分子生物学的手法を実施する必要があり、これを日常の診療に取り入れるのは現実的ではありません。ただし大規模アウトブレイクの事例や多剤耐性菌による難治感染症の症例、臨床微生物学的研究目的がある場合は、菌株解析の一つに組み入れる価値はあるかもしれません。

  次号以降、最も多くの知見が蓄積しているA. baumannii について主にレビューいたしますが、これらの知見そのものがACB complexの正確な同定を行わずに集積された情報を多く含んでいるために、heterogeneousな集団を一つにまとめた観察となっている可能性があります。


【References
1. Kapoor R. Acinetobacter infection. N Engl J Med. 2008; 358: 2845-6.
2. Munoz-Price LS, Weinstein RA. Acinetobacter infection. N Engl J Med. 2008; 358: 1271-81.
3. Peleg AY, Seifert H, Paterson DL. Acinetobacter baumannii : emergence of a successful pathogen. Clin Microbiol Rev. 2008; 21: 538-82.
4. Ku SC, Hsueh PR, Yang PC, Luh KT. Clinical and microbiological characteristics of bacteremia caused by Acinetobacter lwoffii. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2000; 19: 501-5.
5. Seifert H, Strate A, Schulze A, Pulverer G. Bacteremia due to Acinetobacter species other than Acinetobacter baumannii. Infection. 1994; 22: 379-85.
6. 厚生労働省院内感染対策サーベイランス検査部門データを用いた多剤耐性アシネトバクターの国内分離状況. IASR. 2010; 31: 201-2 (http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/365/dj3657.html)
7. Chuang YC, Sheng WH, Li SY, Lin YC, Wang JT, Chen YC, Chang SC. Influence of genospecies of Acinetobacter baumannii complex on clinical outcomes of patients with acinetobacter bacteremia. Clin Infect Dis. 2011; 52: 352-60.
8. Molina J, Cisneros JM, Fernandez-Cuenca F, Rodriguez-Bano J, Ribera A, Beceiro A, Martinez-Martinez L, Pascual A, Bou G, Vila J, Pachon J; Spanish Group for Nosocomial Infection (GEIH). Clinical features of infections and colonization by Acinetobacter genospecies 3. J Clin Microbiol. 2010; 48: 4623-6.
9. Lim YM, Shin KS, Kim J. Distinct antimicrobial resistance patterns and antimicrobial resistance-harboring genes according to genomic species of Acinetobacter isolates. J Clin Microbiol. 2007; 45: 902-5.
10. Lee JH, Choi CH, Kang HY, Lee JY, Kim J, Lee YC, Seol SY, Cho DT, Kim KW, Song do Y, Lee JC. Differences in phenotypic and genotypic traits against antimicrobial agents between Acinetobacter baumannii and Acinetobacter genomic species 13TU. J Antimicrob Chemother. 2007; 59: 633-9.
11. Lin YC, Sheng WH, Chen YC, Chang SC, Hsia KC, Li SY. Differences in carbapenem resistance genes among Acinetobacter baumannii, Acinetobacter genospecies 3 and Acinetobacter genospecies 13TU in Taiwan. Int J Antimicrob Agents. 2010; 35: 439-43.

(続く)

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