KANSEN JOURNAL No.26(2011.5.12)
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ミニレビュー(3/3)

アシネトバクター感染症


東邦大学医学部 微生物・感染症学講座

原田 壮平

 


 

(3分割配信の3回目です。 1回目 2回目

 

抗菌薬感受性
 A. baumannii は元々抗菌薬感受性の低い(多くの抗菌薬に耐性の)細菌です。アンピシリン、セファゾリン、セフトリアキソン、セフォタキシムなどには元々耐性です[1]。外因性の耐性遺伝子の獲得や染色体上に保有している耐性遺伝子(ampC, blaOXA-51-like)の高度発現によりさらに多くの抗菌薬に対して耐性を呈することがあり、カルバペネム耐性アシネトバクター・バウマニ(Carbapenem-resistant A. baumannii :CRAB)や多剤耐性アシネトバクター・バウマニ(Multidrug-resistant A. baumannii :MDRAB)の分離頻度の増加が世界各地で大きな問題となっています。

  米国の463施設において、2006-7年の院内で分離されたアシネトバクター・バウマニ764株におけるカルバペネム耐性率は33.1%と報告されており[2]、欧州でも国ごとに差がありますが全体としては同程度の頻度と思われます[3,4]。さらにアジア太平洋地域(日本は対象外)の10か国41医療機関を対象に2006-7年に行われたSENTRYの調査では、544株のアシネトバクターが収集され42.3%がメロペネムあるいはイミペネムに耐性あるいは中間耐性であったと報告されています[5]。これに対して日本で行われた感受性全国サーベイランスでは、2006年に収集されたAcinetobacter spp.110株におけるカルバペネム耐性あるいは中間耐性株の割合は3.6%であったと報告されています[6]。日本のサーベイランスの対象がA. baumannii に限定されていないことやサーベイランスごとの菌株の収集法の差異により数値の比較は困難ではありますが、現時点においては日本におけるCRABの頻度は諸外国と比して低いということは言えそうです。

 なお、2011年2月より「薬剤耐性アシネトバクター感染症」(アシネトバクター・バウマニ、とは書かれていない)は感染症法で定める五類感染症として定点把握の対象に加えられました。対象の医療機関においてイミペネム、アミカシン、シプロフロキサシンの3薬剤にいずれも耐性のアシネトバクターが無菌部位より分離、あるいは感染症の起因菌と判定された場合には届け出が必要となりました[7](「耐性」の判定基準などは文献7をご参照ください)。

治 療
 臨床検体からアシネトバクターが分離された場合、「それを治療対象とするか?」というのが最初に考慮すべき点です。血液、髄液などの無菌検体から検出された場合は当然ながら侵襲性感染症の起因微生物として治療対象となりますが、その他の検体(例:喀痰、尿、熱傷患者の皮膚ぬぐいなど)から検出された場合は対象臓器の感染症を示唆する臨床的・画像的所見の有無や全身的な重症感染症「らしさ」、すでに経験的治療を開始している場合はその治療に対する臨床的な反応、検体のグラム染色所見などを検討して総合的に判断することになります。

 アシネトバクター、特にA. baumannii による侵襲性感染症の治療における第一選択薬はカルバペネム系抗菌薬と考えられていますが[8]、比較的軽症な例では感受性を有するその他の薬剤(広域セファロスポリン、アンピシリン・スルバクタムなど)も使用可能[9]と考えます。臨床的な有益性が十分に確認されているわけではありませんが、これらの抗菌薬とアミノグリコシドの併用治療も選択される場合があります[9]。

  起因菌がカルバペネム耐性や多剤耐性の場合は治療薬の選択肢は大幅に限定されます。フルオロキノロン、アミノグリコシド、ミノサイクリンは感性株であれば治療薬の候補となりますが、これらの抗菌薬のアシネトバクター感染症における臨床的有効性は十分には確立しておりません。スルバクタムは本来ベータラクタマーゼ阻害剤ですが、アシネトバクターに対しては例外的に抗菌薬としての活性を有し、カルバペネム耐性アシネトバクターのなかにもスルバクタム感性株が存在しその場合は有効性が期待できます[8]。ただしアシネトバクター感染症の治療目的に用いる場合、腎機能正常の場合はスルバクタムとして6g/日以上の投与量が望ましいと考えられており[10]、これはアンピシリン・スルバクタムで換算すると18g/日となり一般的な投与量を超える点に注意を要します。

 このように、カルバペネム耐性・多剤耐性株による感染症に用いる治療薬はいずれも決め手に欠けるため、より高い臨床効果を期待して特に重症例ではしばしば抗菌薬の併用療法が選択されます。カルバペネムやスルバクタムを主剤として感受性を有する他の抗菌薬を追加するなどの方法がありますが、特定のレジメンを強く推奨できるような根拠は得られていません[8]。現在日本では承認されていないcolistinやtigecyclineは多剤耐性アシネトバクター感染症の治療薬となりうる薬剤ですが、これらの薬剤に対しても耐性を示す高度耐性株もすでに海外では報告されています[11]。

【要点】

●アシネトバクター属菌には30以上の遺伝種があるが、最も臨床的重要性が高いのはA. baumannii である。

●細菌検査室で一般的に用いられている同定法ではA. baumannii を正確に同定することはできない。

●A. baumannii は危険因子のある患者の院内感染症の起因微生物としてよく知られ、肺炎、菌血症、手術部位感染症、皮膚軟部組織感染症、尿路感染症などを起こしうる。

●A. baumannii は乾燥した物質の表面でも長期間生存でき、医療機関でアウトブレイクを起こす能力が高い。

●カルバペネム耐性アシネトバクター・バウマニや多剤耐性アシネトバクター・バウマニの分離頻度の増加が世界各地で大きな問題となっているが、現時点においては日本ではこれらの耐性菌の分離頻度は比較的低い。

●臨床検体からアシネトバクターが分離された場合、それが治療対象とすべき起因微生物か否かを臨床的に評価する必要がある。

●A. baumannii による侵襲性感染症の治療における第一選択薬はカルバペネム系抗菌薬と考えられているが、比較的軽症な例では感受性を有するその他の薬剤も使用可能である。起因菌がカルバペネム耐性や多剤耐性の場合は治療薬の選択肢は大幅に限定され、感受性を有する抗菌薬の併用療法などが選択される。

<References>
1. European Committee on Antimicrobial Susceptibility Testing. Expert rules in antimicrobial susceptibility testing. (PDF)
2. Hidron AI, Edwards JR, Patel J, Horan TC, Sievert DM, Pollock DA, Fridkin SK; National Healthcare Safety Network Team; Participating National Healthcare Safety Network Facilities. NHSN annual update: antimicrobial-resistant pathogens associated with healthcare-associated infections: annual summary of data reported to the National Healthcare Safety Network at the Centers for Disease Control and Prevention, 2006-2007. Infect Control Hosp Epidemiol. 2008; 29: 996-1011.
3. Wang YF, Dowzicky MJ. In vitro activity of tigecycline and comparators on Acinetobacter spp. isolates collected from patients with bacteremia and MIC change during the Tigecycline Evaluation and Surveillance Trial, 2004 to 2008. Diagn Microbiol Infect Dis. 2010; 68: 73-9.
4. Turner PJ. MYSTIC Europe 2007: activity of meropenem and other broad-spectrum agents against nosocomial isolates. Diagn Microbiol Infect Dis. 2009; 63: 217-22.
5. Mendes RE, Bell JM, Turnidge JD, Castanheira M, Jones RN. Emergence and widespread dissemination of OXA-23, -24/40 and -58 carbapenemases among Acinetobacter spp. in Asia-Pacific nations: report from the SENTRY Surveillance Program. J Antimicrob Chemother. 2009; 63: 55-9.
6. Ishii Y, Yamaguchi K; Meropenem Surveillance Group. Evaluation of the susceptibility trends to meropenem in a nationwide collection of clinical isolates in Japan: a longitudinal analysis from 2002 to 2006. Diagn Microbiol Infect Dis. 2008; 61: 346-50.
7. 「42 薬剤耐性アシネトバクター感染症」 (PDF)
8. Karageorgopoulos DE, Falagas ME. Current control and treatment of multidrug-resistant Acinetobacter baumannii infections. Lancet Infect Dis. 2008; 8: 751-62.
9. Munoz-Price LS, Weinstein RA. Acinetobacter infection. N Engl J Med. 2008; 358: 1271-81.
10. Fishbain J, Peleg AY. Treatment of Acinetobacter infections. Clin Infect Dis. 2010; 51: 79-84.
11. Doi Y, Husain S, Potoski BA, McCurry KR, Paterson DL. Extensively drug-resistant Acinetobacter baumannii. Emerg Infect Dis. 2009; 15: 980-2.

(了)


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