右下肺野に浸潤影が認められた70代女性(2/3)
(3分割配信の2回目です→1回目)
※本症例は、いくつかの症例を総合して作成した架空の症例です。
鑑別診断の過程
この患者さんを1文でまとめると、「慢性の誤嚥を基礎として肺膿瘍を発症した、中咽頭癌に対する手術後3か月の70台女性が、肺膿瘍に対する抗菌薬の投与開始後翌日から水様下痢を呈し、食事摂取が不良となったため入院した」とまとめられる。
いつものように患者背景から考えると、この患者さんは頻繁に通院しているとはいえ、市中で発症しているので、典型的な市中発症の下痢症については鑑別として考えておく必要があるだろう。季節柄ビブリオ腸炎の時期は過ぎていて、ウイルス性腸炎が流行る時期ではまだないが、魚から生肉、卵に至るまで、食事については注意深く聴取する必要がある。
背景としてもう一つ重要なのは、この患者さんが抗癌剤の投与を受けていたこともあげられる。もし好中球の減少があれば、鑑別が変わってくる。化学療法に伴なう粘膜障害による下痢の可能性も高そうだが、他の緊急性、治療可能性のあるものを検索したうえでの除外診断とするべきだろう。
下痢のパターンが、回数の多い水様便が出る「小腸型」か、発熱、腹痛や時に血便を伴う炎症の強い「大腸型」かで原因の鑑別は大いに異なってくる。この時点では血便のエピソードは明らかでなく、小腸型を主体に鑑別を考えたいが、便の性状の変化には注意が必要だろう。
素直に考えるならば、抗菌薬投与に関連した下痢の発症ととらえることができる。抗菌薬関連の下痢でまず考えるべきはClostridium difficile による腸炎である。市中で発症しているとはいえ、医療曝露の多い方なので、リスクは高いと考えてよいだろう。C. difficile の腸炎ならば、抗菌薬投与開始からいつ発症してもおかしくはないはずだが、夕方に飲み始めて翌朝から下痢が出現というのは、いささか発症が早すぎる印象である。ある種の抗癌剤でも腸管の細菌叢を乱してC. difficileによる腸炎が起きることがあるので[1]、アモキシシリンクラブラン酸とは関係なくS-1のせいで起きてきたC. difficile の腸炎でもいいのかもしれない。微生物が関連するものとしてKlebsiella oxytoca による腸炎も鑑別にあがるが、典型的には出血性腸炎をきたすはずなので、今の段階では強くは疑えない。
抗菌薬に関連した下痢の原因は感染症だけではない。抗菌薬そのものの腸管に対する作用のために下痢が起きることも多い。エリスロマイシンが有名だが、アモキシシリン・クラブラン酸も直接的に蠕動を刺激することで下痢を起こすことが知られている。直接的な作用であれば、抗菌薬中止でもう少し改善してもよさそうなものだが、この方の場合は、下痢が出始めてから3日目に至るまで下痢が改善していないようなので、やはり他に何か起きている可能性を考えたほうがよい。
腸管外の問題も考えておかなくてはならない。最初に下痢だけをプレゼンテーションとして現れる敗血症をしばしば経験する。高齢女性であり、もっとも頻度の高いところでは尿路感染からの敗血症性ショックなどではないか、考えておく必要がある。バイタルサインによくよく注意しておきたい。
非感染性の問題が偶発的に起きた可能性も考えよう。もし血便が主であれば、年齢からは虚血性腸炎を第一に考えるところだが、今のところ水様便のみで腹部の所見も強くはないのであまり強くは疑わない。また高齢の女性の急激な腹部症状なので、腸間膜動脈血栓症などの血管系のトラブルも忘れないほうがよいだろう。
原因に対する検索と平行して、重症度の決定とマネジメントの方針を決めなくてはならない。坐位にしてみたところ心拍数は140台まで上昇し、Hypovolemia があるのが明らかであったので、入院して補液することにした。
病歴で追加した情報
S-1と当科で処方したアモキシシリンクラブラン酸以外は内服薬はなし
旅行歴なし
生ものの摂食はない
初期評価
初期評価として、
血算
生化学
検尿
血液培養2セット
便のClostridium difficile トキシン
便培養
が行われた。検査結果は以下のとおりであった。
検査所見
白血球9200(Neut 82.3%, Lymph 12.7%, Eo 1.0%, Mono 3.7%, Baso 0.3%)、Hb 10.4、Hct 34.1、血小板 31.3万、AST 20、ALT 19、LD 208、ALP 239、T-Bil 0.3、BUN 22.3、Cre 0.43、Na 137、K 4.5、Cl 101、血糖 89、CRP 0.88
尿検査:異常なし
CD トキシン:陰性
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さて、この結果をふまえて、患者さんの入院後のマネジメント、
抗菌薬の投与をどうしますか?
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(つづく)