KANSEN Journal No.55(2015.7.9)
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リベリアのコミュニティでの
エボラ出血熱対応の活動経験(その3)


日本赤十字社和歌山医療センター感染症内科部 兼 国際医療救援部

古宮伸洋

 


 

(今号は3週連続で配信しています。1号目 2号目

 

KAP調査による現状の把握と活動の評価

災害などで緊急支援活動を行う場合、支援活動そのもので手いっぱいになることが多い。現地に何万ドルを寄付した、何トンの食糧を届けたといった報告はされるものの、その活動がどれほどの効果をもたらしたか評価されることは少ない。今回、赤十字が現地を支援するに当たり、筆者に課された業務の一つが、住民を対象としたKAP調査であった。

KAP調査とは、対象者の知識(knowledge)、態度(attitude)、行動(practice)を調べるものであり、公衆衛生領域で行われることの多いインタビュー調査である。われわれは活動開始時期に対象地域の住民を対象にKAP調査を行うことで現状の把握、またそれをベースラインとした今後の活動の評価を行うことができると考えた。

質問紙を利用してインタビューを行うというのが一般的な調査方法であるが、災害現場などでは紙やプリンターが手に入らないことも多い。われわれは最近開発されたrapid mobile phone-based(RAMP)surveyと呼ばれる、スマートフォンアプリを利用した方法で調査を行った[1]。アフリカでは携帯電話が非常に普及しており、若者たちは日常的にスマートフォンを利用しているので操作に関しては問題がない(写真)。


写真 現地スタッフがスマートフォンを利用したインタビュー調査を行う


調査は主に活動対象地域のマーケットなど比較的中心部で行った。本来、対象者の選定(サンプリング)はバイアスがかからないようにすべきであるが、様々な制限のある中で、まずはパイロットスタディとしてできるだけ迅速に行うために、各マーケットから数人ずつ適当に選ぶ方法(convenience sampling)で行った。

ある程度予想された結果ではあったが、住民の情報源は近隣からの口コミとラジオであった(図1)。特にラジオは8割以上の対象者が毎日聴いていると回答した。電気が普及していないこの国では、テレビを見る環境にいる人は少ない。リベリア赤十字社でもラジオは有効な手段と認識しており、“Liberian Red Cross radio show”を毎週放送し、啓発活動を行っていた。

 


図1 重要な情報源についての調査

 

 

様々な啓発活動の結果なのか、エボラ出血熱に関してある程度の知識は持っているという結果が得られた(図2)。しかし、実際にコミュニティを訪問すると「エボラなんて存在しない!」「政府はこう言っているけど信じない」という住民が多く、知識としては知っていても態度としては否定的であったような印象があった。


図2 エボラ出血熱についての知識調査


現地でこのような調査を行うのは初めてであったため、調査のために購入したスマートフォンとアプリの相性が悪くバグが出たりと様々な問題に直面した。特にサンプリング方法と調査員の訓練は結果に大きな影響を与えるため改善が必要であり、今後の調査の標準化のために連盟にはこの点に関してフィードバックを行った。


流行の経過と対応の状況

リベリアでは3月末から4月初めの患者発生に対して、迅速に対応を行うことで感染の連鎖を断つことに成功し、感染者数は10人程度に抑えることができた。筆者は5月末頃まで対応活動を行ったが、滞在中の患者の新規発生は認められなかった。

5月末、リベリアでは4月初めの最終の患者発生から既に42日間以上が過ぎており、終息宣言を出すべきという意見も出始めていた。いったんは国内での感染封じこめに成功したこともあり、リベリアは大丈夫と楽観視する意見もあり、対応活動のスケールアップを呼びかける声はあまり聞かれなかった。しかし、この時期、隣国シェラレオネではリベリアとの国境にほど近いケネマ周辺で多くの患者が発生しており、この地域からリベリアに再度、患者が持ち込まれる可能性は高いと予想されていた。

5月末にシェラレオネからリベリアに来た患者から周囲に感染が広がった際には、封じ込めることはできなかった。患者が1人発生するごとに10人程度の接触者が発生する。患者数が増えるにつれて、十分な接触者調査を行うことが不可能になった。悪循環に陥ったことで、リベリアでは8月頃から急速な患者数の増大が見られた。

筆者は8月にWHOからの派遣として再度、リベリアで活動する機会を得たが、このときには空港から町の雰囲気、人々の意識は5月とは全く別のものになっていた。町には至るところに啓発ポスターが貼ってあり、レストランなど人の集まる施設の入り口には必ず手指消毒ステーションが設けられていた。ホテルの従業員など一般の人と話をしても、知り合いや地元のコミュニティで患者発生があり、エボラは極めて身近な恐怖として存在していた。


おわりに

西アフリカでは過去にコートジボワールで1人の患者が確認されているだけで、他にエボラ出血熱の流行は発生していなかった。ほとんどの住民にとってはエボラ出血熱というのは初耳であり、「エボラ出血熱は外国から援助を得るための政府のでっちあげである」という意見を持つ者も少なくはなかった。そのような中で啓発活動の成果を出すことは非常に難しかった。

8月に現地で活動したときに、「4月くらいの段階でしっかり対策していたら、今頃こんなことになってなかったのに」という意見をいくつか聞いた。その通りなのだが、過去に類を見ない出来事であり、現地政府、国際社会の反応は鈍く、早い段階から強くアラートを出していたのは国境なき医師団のみであった。WHOの今回の対応についての検証なども始まっている。感染症の動向は予測不能なことも多いが、その限界も含め、今回のアウトブレイクで得た知見を今後に生かしていく必要があるように思う。


【Reference】
1)International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies(IFRC):Rapid Mobile Phone-based(RAMP)survey:An innovation for health surveys.
https://www.ifrc.org/PageFiles/96432/1226800-case%20study-Ramp-A4-EN_LR.pdf#search='magpi+ifrc'


(了)


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