KANSEN Journal No.55(2015.6.25)
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リベリアのコミュニティでの
エボラ出血熱対応の活動経験(その1)


日本赤十字社和歌山医療センター感染症内科部 兼 国際医療救援部

古宮伸洋

 


 

(今号は3週連続で配信します。)

 

はじめに

西アフリカで発生しているエボラ出血熱のアウトブレイクは、2015年5月末現在、終息傾向にあるものの過去に例を見ない規模となっている。

筆者は昨年5月に国際赤十字赤新月社連盟(以下、連盟)の一員としてリベリアに派遣され、主にコミュニティでの感染対策活動に従事した。流行の開始から1年以上が経過し、日本から派遣された医療者がエボラ出血熱の臨床面や、医療機関での感染対策活動の様子について報告を行っているが、コミュニティでの感染対策についてはあまり知られていないため、筆者の経験した現地の状況について報告する。


派遣に至る背景

今回の西アフリカでの流行の発端は、2013年12月初めにギニアの田舎町ゲケドゥの近くの村に住む2歳の子供が発病し、死亡したことに遡られる。コウモリから感染したとする説もあるが、この子供がどこから感染したのかは不明である。引き続いて姉、母親、祖母が同様の症状で亡くなった。祖母からゲケドゥ病院の医療者に感染が広がり、さらにその家族などへと感染は次々に広がっていった。

2014年3月18日、ギニア当局は原因不明の致死的疾患のアウトブレイクの存在を発表、調査が開始され、パスツール研究所などに検体が送られた。3月23日、WHOは公式にエボラ出血熱のアウトブレイクを報告した。この発表時点で既に把握されている患者は49人に上っていた()[1]。

 



図 ギニアでのエボラ出血熱の発生状況(2014年3月23日)

(WHO アフリカ地域事務所:Ebola virus disease in Guinea.http://www.afro.who.int/en/clusters-a-programmes/dpc/epidemic-a-pandemic-alert-and-response/outbreak-news/4063-ebola-virus-disease-in-guinea.htmlより引用)

 

ゲケドゥはギニア、リベリア、シェラレオネの3国の国境が接する地域に位置していて、この地域の住民は自由に国境を往来している。リベリア側に国境を越えた地域はローファ郡であるが、ここから首都モンロビア間には幹線道路が整備されている。このような地理的な条件もあり、3月の後半から4月の初めにかけてローファ郡、そしてモンロビア近郊のマルギビ郡で計10人余りの患者発生が確認された。

リベリア赤十字社は政府の要請を受けて、アウトブレイク対応として住民啓発活動、患者接触者調査、患者や家族の心理社会的支援(psychosocial support;PSS)を担当することになり、同赤十字社は連盟に対して活動支援要請を行った。


リベリアへの派遣

筆者は連盟から日本赤十字社を通じて派遣の要請を受け、4月26日に関西国際空港を出発した。モンロビア・ロバーツ国際空港に到着したのは4月27日深夜3時頃だった。

心配していたことではあったが、手荷物カウンターから筆者のスーツケースは出てこなかった。スーツケースには衛星電話をはじめ重要な機材が入っていた。他にも荷物が出てこなかった乗客が数人おり、係員に対して大声で怒鳴っていた。怒っても仕方がないことはよく理解しているので、スーツケースを発見したら報告してもらえるように連絡先を伝え、機内持ち込みにしていた小さなリュックを背にすごすごと空港を出た(結局、スーツケースは現地到着してから約3週間後に鍵が破壊され、内容が一部盗まれた状態で返ってきた)。

空港ロビーではリベリア赤十字社からの迎えのドライバーが待っていた。ホテルまでの車内で彼と話をしてみたが英語が全く聞き取れない。最初は彼が話しているのが英語だとは思わなかったくらいである。リベリアは西アフリカでは珍しく、公用語は英語である。しかし、後から知ることになるのだが、リベリア英語はアクセントが強く聞き取りにくいことで有名らしい。基本的には筆者の英語力の問題であることは間違いないのだが、アメリカCDCからの派遣者も「何を言っているのか分からない」と言っていたので、やはり慣れなければ難しいようである。

到着して最初の仕事は、衣服と生活用品を手に入れることであった。ドライバーに連れて行ってもらったのは屋台の連なるマーケットで、そこでなんとか衣服などを手に入れた。中古のTシャツが5ドル、ズボンが20ドルくらい(リベリアでは米ドルが多く流通している)であったので、あまり安い感じはしない。しかし、これで生活には支障がなくなった。

本格的な活動開始は到着翌日からだが、夕方にホテルでミーティングを行い、既に活動を開始していた連盟チームメンバーから説明を受ける。筆者の役割はリベリア赤十字社の活動を技術面でサポートすることであるが、この時期には新規発症者がおらず、患者接触者調査やPSSの対象者はほとんどいなかったので、啓発活動の推進が業務の中心であった。

エボラ出血熱のような感染症を予防するためには、まずは住民にウイルスの感染経路などについて理解してもらう必要がある。また、対策として重要な接触者調査、疑い患者のエボラ治療施設への隔離は住民の協力なしには行えないことであり、啓発活動は不可欠である。しかし、アフリカ諸国ではよくあることだが、貧困に苦しむリベリア国民の政府に対する不信感は根強いものがあった。WHOをはじめ様々な団体が啓発活動を行っていたが、地域コミュニティでの活動に強いリベリア赤十字社は啓発活動の中心的な存在として期待されていた。

 

【Reference】

1) WHO アフリカ地域事務所:Ebola virus disease in Guinea.
http://www.afro.who.int/en/clusters-a-programmes/dpc/epidemic-a-pandemic-alert-and-response/outbreak-news/4063-ebola-virus-disease-in-guinea.html

 

(つづく)


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