No. 342012. 07. 05
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固形臓器移植前にできること――移植後感染症のコントロールのために(3/3)

神戸大学医学部附属病院 感染症内科

西村 翔、大路 剛

(今号は3週連続で配信しました。 1回目 2回目

 前回に引き続き、移植後感染症に対して移植前に実施すべきこととして、4)過去の病原微生物曝露歴、特殊な環境下での定着菌の同定、5)予防的抗菌薬や抗ウイルス薬の検討、6)リスクのある病原微生物への曝露予防――について概説します。

4.過去の病原微生物曝露歴、特殊な環境下での定着菌の同定

 いずれの待機患者についても、過去にどのような病原微生物が検出されていたのかを把握しておくことは重要です。また、嚢胞線維症(日本ではまれ)や慢性肺疾患、心筋症、肝硬変、長期入院で感染を繰り返している、頻回の広域抗菌薬曝露歴のある患者などでは、現在どのような病原微生物が定着しているのか評価しておくことも重要となります。ただし、定着菌の同定に関しては、すべての移植患者で行なうべきではなく、上記のような耐性菌のリスクが高いごく一部の患者に限定されるべきです。

5.予防的抗菌薬や抗ウイルス薬の検討

 一般的には全臓器移植患者に行なわれる(universal)予防投与と、限定された患者に行なわれる(targeted)予防投与があります。

 ST合剤による予防はサルファ剤アレルギーのない全移植患者に行なわれ、一般的には移植後最低6~12か月は続けられます。ニューモシスチス肺炎を筆頭に、トキソプラズマ、リステリア、ノカルジア、イソスポーラ、サイクロスポーラ、さらには一般的な尿路感染症や一部の呼吸器感染症をきたす細菌をカバーできます。ただし、ニューモシスチス肺炎以外の感染症の予防のためには、DS(double strength)錠の隔日投与ではなく、SS(single strength)錠の連日投与が必要となります。

 潜在性結核の診断はツベルクリン反応で行ないます。移植前の評価では、原則的に、5mm以上の「硬結」を認めれば陽性です。クオンティフェロン(第3世代)はツベルクリン反応に比べて(日本人に多い)BCGの影響を除外できますが、ツベルクリン反応の代用となりうるのかどうかについて、現時点で一定の見解はありません。肝移植前の患者で、肝疾患が進行していたり、そのほかに細胞性免疫障害が生じていたりする場合では、「判定保留」や偽陰性になりうることには留意すべきです。

 移植前後に発症した結核の治療においては、リファンピシンはカルシニューリン阻害薬などとの相互作用があり(カルシニューリン阻害薬の濃度を下げうる)、さらにイソニアジドやピラジナミドとともに副作用として肝障害を起こす(頻度は低くはない)ため厄介です。活動性結核が確認されたり非常に疑わしい場合は、できれば移植前に治療を完了しておくことも考慮すべきでしょう。

 移植時には、各施設のローカルファクターおよび患者本人の各検体から検出された菌種の感受性、抗菌薬曝露歴に従って、標準的な外科手術の際と同様の抗菌薬予防投与を行ないます。過去にMRSAやnon-Albicansのカンジダ(特にフルコナゾール耐性株)が検出されている患者では、これらのカバーも検討します。ただし、小腸移植の場合は術後の偽膜性腸炎およびカンジダによるsuper-infectionを避けるため、一般的には広域抗菌薬(および抗真菌薬)による周術期予防投与は控えられることも多いです。

 真菌に対する予防投与は、移植する臓器および患者の基礎の状態に大きく依存します。最新のメタアナリシス[1]では、実質臓器移植の際の抗真菌薬の予防投与は死亡率の低下に寄与しないものの、肝移植患者では侵襲的真菌感染症が減少し、逆に心および腎移植患者では侵襲性真菌感染症すら減少しないとの結論でした。真菌感染の高リスクと考えられる患者群としては、肝腎機能障害、大量の輸血、長期のICU滞在、移植後の再手術、既知の真菌の定着、先行する広域抗菌薬の使用などが挙げられます。

 2009年に発表されたアメリカ感染症学会(Infectious Diseases Society of America;IDSA)によるカンジダの治療ガイドライン[2]では、肝、膵、小腸の移植患者で高リスクと考えられる患者には、移植後最低7~14日、抗真菌薬(フルコナゾールまたはリポソーマル・アンホテリシンB)による予防が推奨されています。また、肺および肝移植患者では、リスクが高いためアスペルギルスに対しての予防も考慮されており、その場合はイトラコナゾールやボリコナゾール、リポソーマル・アンホテリシンBが使用されます。肺移植患者における吸入アンホテリシンB製剤(脂質製剤を含む)の使用は、全身投与に比べて副作用を減らし、非投与群と比べて侵襲性アスペルギルス症の頻度を減少させる可能性があります[3]。ただし、現時点では大規模に評価されたスタディは存在しません。なお、アゾール系の抗真菌薬を使用するとカルシニューリン阻害薬の濃度が上昇しやすいことには注意すべきです。

 トキソプラズマに関しては、抗体陰性の患者が抗体陽性の患者から心移植を受けた場合に、ST合剤により6週~6か月程度の予防が行なわれることが多いです。

 B型肝炎に関しては、非感染者ではワクチン接種が推奨されます。既感染者(HBs抗原、HBc抗体のいずれかが陽性)では、ラミブジンまたはその他の抗ウイルス薬(エンテカビル、アデホビルなど)での予防が推奨されます。特に肝移植患者、さらには腎移植患者(特に透析患者)で予防に注意が必要です。なお、ドナーがHBc抗体のみ陽性のケースでは、肝移植では高頻度に感染が起こりますが(よって、通常はこのような患者からの移植は行なわれない)、その他の臓器移植による感染は一般的に懸念されません。

 C型肝炎に対する肝移植前後の抗ウイルス療法の是非については、現時点で一定の見解はありません(移植前にウイルスが検出感度以下になっているのが理想的ではある)。腎移植患者ではグラフトの長期生存率が減少する[4]ため、移植前の抗ウイルス療法を検討すべきです。なお、インターフェロン製剤の移植後の使用は、急性期拒絶反応のリスクが高まるため一般的には禁忌です。

 単純ヘルペスおよび水痘・帯状疱疹の感染の既往のある患者には、移植後3~6か月のアシクロビルによる予防投与が行なわれます。

 最後に、CMVに関して述べます。CMV感染は、感染そのものによる直接的な影響のみならず、移植臓器の生着不良(肺移植後の閉塞性気管支炎や心移植後の血管障害を含む)や移植後リンパ増殖性疾患(posttransplantation lymphoproliferative disorder;PTLD)の増加、真菌による日和見感染の増加など間接的な悪影響を及ぼします[5]。臓器移植でのハイリスク患者は、ドナー陽性/レシピエント陰性(D+/R-)での移植、または潜在的感染(CMV-IgG陽性)がある患者において移植後に抗リンパ球抗体を使用した場合です。

 感染予防に対するアプローチは、①予防投与(prophylaxis)、②pre-emptive therapy(定期的にCMVアンチゲネミアやCMV-DNAのPCRを測定して陽性になった時点で〔症状の有無にかかわらず〕治療を開始する)――の2つがあります。ただし、pre-emptive therapyの場合、アンチゲネミアに関しては胃腸炎や網膜脈絡膜炎の場合は感度が高くなく、白血球減少時は陽性率が低下すること、さらにPCRに関しては検体(白血球、血漿、全血)の相違や施設ごとのテクニカルな問題もあり測定値の標準化が困難であるという点には留意すべきです。2つのアプローチを比較したメタアナリシス[6]では、CMV感染の発生率(相対危険度)に関しては差がありませんでした。抗ウイルス薬としては、ガンシクロビルか経口のバルガンシクロビルが選択されます。

6.リスクのある病原微生物への曝露予防

 院内での一般的な細菌曝露予防としては、標準予防策、特に診察前後の手洗いが重要です。また、呼吸器症状のある医療者や訪問者を制限し、もし制限できない場合はマスクと手袋を着用することで呼吸器感染ウイルスの曝露を避けます。

 アスペルギルスのような空気感染するような真菌に対しては、建築現場からの隔離を行ないます(幹細胞移植患者の場合はHEPA フィルターが使用される)。また、レジオネラが院内感染の原因になっている場合は、水の供給装置まで調べるべきでしょう。その場合はシャワーなどでその供給装置からの水を使用することも避け、飲水にはミネラルウォーターを使用します。

 院外では、腸管感染を起こす病原微生物を避けるため、調理の際にはしっかりと手を洗い、野菜や果物もしっかりと洗い、肉は完全に火を通します。さらに、ブリーチーズ(白かびのチーズ)やフェタチーズ(ヒツジやヤギの乳から作るチーズ)の摂取を避ける、湖や川の水を飲まない、人を含む動物の糞尿に触れない、低温殺菌されていないミルクやジュース、生卵は避けることが推奨されます。

 呼吸器感染ウイルスを避けるためには、小児や混雑した公共の場所を避け、しっかりと手洗いをすることが重要です。インフルエンザに対しては、前述のように本人のみならず家族へのワクチン接種も推奨されます。水痘・帯状疱疹の症状(皮疹)のある患者との接触も避けるべきです。また、人畜共通感染症を避けるため、鳥かごの掃除など糞尿の世話は避け、動物自体との接触も極力避けるようにします。吸入することで感染する真菌(特にヒストプラズマ症)に対しては、家畜小屋や養鶏場、サイロ、洞窟などに近づかないことが推奨されます。公園などの噴水に近づかないことは、レジオネラへの曝露を予防します。もちろん、非移植患者同様にコンドームを使用した安全な性交渉を心がけ、海外旅行をする際には感染症専門医へ相談することが推奨されます。

 以上、移植後の感染予防のために「移植前にできること」に関して概説してきました。現時点ではワクチンや予防的抗菌薬投与に関して標準化されたregimenは存在せず、各施設独自のメニューで行なわれています。今後は、一定の質が確保されたガイドラインの作成が期待されるところです。しかし、そのようなガイドラインが作成されたとしても、それをすべての移植患者に「過度に」一般化して適用するのではなく、各患者の①病原微生物への疫学的な曝露、②免疫抑制状態の程度と種類――を包括的に把握して臨機応変にアプローチすることが最も重要です。


【References】
1)Playford EG,et al:Antifungal agents for preventing fungal infections in solid organ transplant recipients.Cochrane Database Syst Rev.2004;(3):CD004291.
2)Pappas PG,et al:Clinical practice guidelines for the management of candidiasis:2009 update by the Infectious Diseases Society of America.Clin Infect Dis.2009 Mar 1;48(5):503-35.
3)Reichenspurner H,et al:Significant reduction in the number of fungal infections after lung-,heart-lung-,and heart transplantation using aerosolized amphotericin B prophylaxis.Transplant Proc.1997 Feb-Mar;29(1-2):627-8.
4)Wells JT,et al:Hepatitis C in transplant recipients of solid organs,other than liver.Clin Liver Dis.2006 Nov;10(4):901-17.
5)Fishman JA:Infection in solid-organ transplant recipients.N Engl J Med.2007 Dec 20;357(25):2601-14.
6)Small LN,et al:Preventing post-organ transplantation cytomegalovirus disease with gancyclovir:a meta-analysis comparing prophylactic and preemptive therapies.Clin Infect Dis.2006 Oct 1;43(7):869-880.
7)Mandell GL, et al:Mandell,Douglas,and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases,7th ed.,Churchill Livingstone,2009,p.3809-19,p.3839-50.
8)Alexander BD, et al:Prophylaxis of infections in solid organ transplantation. UpToDate 19.3.
http://www.uptodate.com/contents/prophylaxis-of-infections-in-solid-organ-transplantation
9)青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル,第2版,医学書院,2008,p.1133-2120.

(了)

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