No. 472014. 03. 20
成人 > ケーススタディ

発熱・嘔吐を主訴に来院した重篤な既往歴のない60歳代女性(3/3)

東北大学病院検査部

大江 千紘

東北大学大学院 医学系研究科 感染症診療地域連携講座

具 芳明

(今号は3週連続で配信しています。1号目 2号目

前回までのまとめ

  • 軽度の糖尿病はあるが、比較的健康な高齢者に発症したListeria による市中細菌性髄膜炎。
  • 症状の発現から細菌性髄膜炎として本格的な抗菌薬治療が開始される前に約2日の期間があり、この間に症状が進行してしまった。
  • 前医で、fever work up前に広域ペニシリンが使用されていた。
  • 初期治療はメロペネム(MEPM)+バンコマイシン(VCM)を選択した。
  • 初回の髄液・血液培養は陰性で、2回目の髄液培養からListeria と判明した。

その後、髄液培養ではListeria monocytogenes と同定された。さらに研究室に依頼した髄液16SrRNAシークエンスでも同様の結果となった。この結果を受け、主治医はアンピシリン(ABPC)1回2g 4時間毎+ゲンタマイシン(GM)1回80mg 8時間毎(体重は44kg)へde-escalationし、3週間の治療期間を設定した。

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最終診断:Listeria monocytogenes による市中細菌性髄膜炎

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解 説

今回は、大きな既往歴のない高齢者に発症した市中発症のListeria monocytogenes による細菌性髄膜炎を提示した。

Listeria 属には6菌種が知られているが、そのうちListeria monocytogenes のみが病原体を持つとされる。約5%の成人の腸管内にListeria monocytogenes が定着している。土壌、植物、乳製品、食肉などに存在し、これらの食物を介して腸管内から血流に乗り、髄膜炎を起こすとされている。

成人の場合、髄膜炎を起こしうるのは、臓器移植後、抗がん剤治療、ステロイド使用など免疫低下状態にある者、あるいは基礎疾患の有無にかかわらず50歳以上の高齢者に多い[1]。本邦での成人における細菌性髄膜炎の起因菌は、肺炎球菌、インフルエンザ菌の報告が最も多いが、それ以外の細菌による髄膜炎の報告が近年増加傾向にある。具体的にはS.agalactiaeS.aureus、そしてListeria monocytogenes が多くなってきている。特に高齢者の間で目立つ傾向がある[2]。

以上の疫学的前提を踏まえても、高齢者の細菌性髄膜炎を診た場合には、Listeria 髄膜炎は死亡率も高く、起因菌として必ず想定されなければならない。基礎疾患や摂食歴などの病歴だけではListeria 髄膜炎を否定できない。なお、本例では輸入チーズなどListeria 髄膜炎のリスクとなる摂食歴は明らかでなかった。

では、前医で培養検査がされていないのに不十分な抗菌薬治療が開始されてしまっている、意識レベルの低下があり本人からは詳細な病歴が聴取できない……このような悪条件の中で、Listeria 髄膜炎を疑う余地があったかどうか、どんな点に注意したらよかったか、文献的考察を踏まえて考えてみよう。

市中細菌性髄膜炎を疑い髄液検査を行った場合、抗菌薬開始前であれば80~90%の割合で髄液培養が陽性となる[3]。逆に言うと、細菌性髄膜炎のうち10~20%は髄液培養が陰性となってしまう。本例は、前医で血液培養や髄液培養などの培養検査がまったくされていないにもかかわらず、広域ペニシリンが使用されてしまっていた。この影響で髄液中の細菌量が減少し、髄液培養からは菌が検出されなかったと考えられる。加えて、Listeria はグラム染色の陽性率が低く、培養で検出しにくいことがある[4]のが、起因菌同定までに時間がかかった原因であったと考えられる()[5]。

表 髄膜炎起因菌別の髄液グラム染色陽性率

起因菌

陽性率

S.pneumoniae

90%

H.influenzae

86%

N.meningitidis

75%

グラム陰性桿菌GNR

50%

Listeria monocytogenes

50%以下(最近の報告では24%)

(文献5より引用)

このようにListeria髄膜炎の髄液グラム染色および培養、血液培養の結果は陰性になることが多く、検出しにくい菌であることは確かなのだ。一方で、市中髄膜炎で最も多い肺炎球菌の場合は、髄液グラム染色は90%程度で陽性となり、血液培養陽性率も50~70%と高い。

このため、髄液培養や血液培養が陰性であった、という点は逆説的ではあるが、Listeria を想起すべきポイントの一つと言える。

本例では、1回目の血液培養および髄液培養が陰性であり、経過中に時間を空けてこれらを採取し直し、そこでListeria のコロニーが生えてきたことが起因菌判明に直結した。通常は成人の細菌性髄膜炎では、治療効果判定として髄液培養の陰性化の確認は必要とされていないが、起因菌が不明、あるいは臨床経過が思わしくない場合は、再度髄液培養の提出を検討したい。

最近では、培養が生えない状態ではPCRも有用であるという報告が多数されている。本例では髄液検体で細菌16SrRNAシークエンスを用いた。検査できる施設は限られてくるが、どうしても培養で生えない髄膜炎、抗菌薬がすでに使用されている中での起因菌同定にはかなり有用な手段となりうることを銘記しておきたい。

さらに他の検査学的特徴として言われることをまとめると、肺炎球菌性髄膜炎と比較して、髄液中の単球上昇がやや目立つことがある、髄液中のグルコース低下が軽度という点も特徴点とされる[6]。また、低ナトリウム血症を合併する頻度が高い[4]。振り返って考えると、これらの特徴を本例でも有していた。

細菌性髄膜炎は依然死亡率が高く、後遺症の多い疾患であり、初期治療においては、年齢および患者背景から想定されるすべての菌をカバーする抗菌薬の選択が必要となる。そして、Listeria 髄膜炎における注意点としてよく知られることであるが、通常は細菌性髄膜炎のfirst choiceとなるセフトリアキソン(CTRX)にListeria は効果を示さない。高齢者の場合は必ず、ABPCを追加する必要がある。なお、Listeria 髄膜炎はグラム陽性菌によるが、VCMの臨床的な有用性は確立されていない。

まとめ

  1. 臨床所見から細菌性髄膜炎を疑う場合、抗菌薬投与前の血液培養および髄液培養は忘れない!! 髄液採取に時間がかかるようなら、抗菌薬投与前に少なくとも血液培養は必ず採取する!
  2. 高齢者に発症した市中発症の細菌性髄膜炎ではListeria を忘れない!
  3. 起因菌不明な場合もしくは臨床経過が思わしくない場合、髄液検査再検を検討する。
  4. 血液培養、髄液培養陰性の細菌性髄膜炎はListeria も念頭に置く。

【References】
1)Bartlett JG:John Hopkins Antibiotic Guide:Listeria Monocytogenes
2)IDWR 第16号〈速報〉細菌性髄膜炎2006~2011年
3)Brouwer MC,Thwaites GE,Tunkel AR,et al:Dilemmas in the diagnosis of acute community-acquired bacterial meningitis.Lancet.2012 Nov 10;380(9854):1684-92.
4)Brouwer MC,van de Beek D,Heckenberg SG,et al:Community-acquired Listeria monocytogenes meningitis in adults.Clin Infect Dis.2006 Nov 15;43(10):1233-8.
5)Mandel GL:Principles and Practice of Infectious Diseases,7th edition,Churchill Livingstone,2009,p.1208,p.2707-13.
6)Erdem H,Kilic S,Coskun O,et al:Community-acquired acute bacterial meningitis in the erderly in Turkey.Clin Microbiol Infect.2010 Aug;16(8):1223-9.

(了)

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