No. 462013. 12. 09
成人 > ケーススタディ

ステロイド内服中の髄膜炎、その裏には…(1/3)

神戸大学医学部附属病院 感染症内科

西村 翔、大路 剛

(今号は3週連続で配信します。)

患者および主訴

78歳男性。側頭動脈炎としてステロイド投与中の髄膜炎でコンサルト。

(今回の)入院約3年前より、全身に掻痒の強い皮疹(蕁麻疹様紅斑)が出現した。近医(皮膚科)を受診し、内服薬および外用剤使用で改善と増悪を繰り返しながら、入院約1.5年前に皮疹はいったん消失した。入院約8か月前に発熱に加えて皮疹が再燃し、その後も発熱および皮疹の寛解と増悪(皮疹および発熱は、出現すると約3~4日継続し、その後に消退)を繰り返し、入院約5か月前に当院皮膚科紹介となった。

外来で皮疹の生検を行なったが特異的な所見は得られず、皮疹の性状が蕁麻疹様の紅斑であったため外用ステロイド+抗ヒスタミン薬内服で経過フォローとしたが、その後も寛解と増悪を繰り返したため、精査目的で約2か月前にいったん入院(1回目)となった。

当院初診時より好酸球増加(白血球増多はないが、白血球分画で約15~20%)を伴っており、入院後に便の寄生虫卵・虫体検査を施行するも陰性であった。入院後は特に発熱および皮疹を認めず、約2週間の入院でいったん退院となった。

しかし、退院後に再度連日37~39℃の発熱を認め皮疹も再燃したため、外来で皮膚生検を再び施行した。病理結果としては、表皮の浮腫状変化および真皮浅層の血管周囲と間質にリンパ球・好酸球の浸潤を認めた(ただし、血管炎の所見は認めず)。また、入院約1か月前から上下肢の筋力低下を自覚。さらに咀嚼時の顎跛行も出現したため、精査目的で今回の入院(2回目)となった。

入院時は、両側側頭部痛に加えて左視力低下、さらに四肢近位筋優位の筋力低下を認め、浅側頭動脈エコーでhalo signを確認したため、側頭動脈炎+リウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica;PMR)と診断した。入院翌日からステロイドパルス療法を施行し、その後は後療法としてプレドニゾロンを60mgで開始した。治療への反応は良好であり、ステロイドは徐々に減量した(入院後は皮疹の出現はなく、ステロイド開始後は解熱も得られていた)。

しかし、第37病日より倦怠感および食欲低下、さらに瀰漫性の腹痛および水様下痢が出現し、下痢は3~4日で改善するも腹痛は持続した。第45病日に施行された腹部CTでは(その3~4日前から、ほぼ経口摂取はできていないにもかかわらず)胃内容物の残渣大量貯留および十二指腸~上部小腸の腸液貯留、浮腫状変化を認めており、同時に胸部CTでは両側上中葉のすりガラス影、下肺の小粒状影を認めた。

第48病日からは再度発熱を認め、頭痛の訴えは認めないものの意識レベルは傾眠となったため、第49病日に髄液穿刺を施行(頭部CTでは特に占拠性病変は認めず)したところ、初圧12cmH2 O、多核球優位の細胞増加(331/μL、87%多核球)、髄液糖低下(23mg/dL、血糖値118mg/dL)、蛋白上昇(118mg/dL)を認め、髄膜炎が疑われたため当科コンサルトとなった。

既往歴

約20年前から糖尿病を発症し、経口血糖降下薬を内服中。そのほか、前立腺肥大、緑内障、高血圧で近医加療中。青年期に虫垂炎で虫垂切除。

内服歴

グリメピリド(アマリール® )1mg・朝、イルベサルタン(アバプロ®)50mg×2錠・朝、シドロシン(ユリーフ® )4mg×2錠・分2、デュタステリド(アボルブ®)0.5mg×1カプセル・夕、ジスチグミン(ウブレチド® )5mg×1錠・朝、そのほか、センノシド(プルゼニド® )、スプラタスト(アイピーディ® )、レボセチリジン(ザイザル® )、オロパタジン(アレロック® )。プレドニゾロン(プレドニン® )は、コンサルト時50mg・朝内服。ST合剤(バクタ® )1錠・朝。

生活歴

喫煙歴、飲酒歴、アレルギー歴はなし。近郊の団地の7階に妻と二人暮らし。既に退職して年金生活(以前は不動産業を営んでいた)。

以下に記載するROSおよび身体所見、採血結果は、当科コンサルト時(第49病日)の所見です。

ROS

陽性所見は、倦怠感、食思不振、前頭部を中心とする頭痛(4日前~)、嘔気、上腹部を中心とする鈍痛・腹部膨満感(1週間前~)、便秘(下痢改善後)、乾性咳嗽(3週間前~)。

陰性所見は、体重減少、視野視力障害、頸部痛、四肢の痺れ・麻痺症状、下痢(10日前~。3~4日継続して改善以降は、むしろ排便なし)、下部尿路症状、発疹、関節痛・筋肉痛。

身体所見

vital signs:BP 123/75mmHg、HR 75/bpm、BT 38.3℃、RR 17/分、SpO2 95%(O2 1L)。意識は傾眠も従命は可能。Jolt accentuation of headache陽性、項部硬直は認めず。明らかな脳神経学的脱落所見なし。小脳症状も認めず。眼瞼結膜は出血点なし。頸部・腋窩・鼠径のリンパ節触知せず。肺呼吸音の左右差なし、心音整で過剰心音・雑音なし。腹部はやや膨隆、腸蠕動音は聴取可能、上腹部を中心に全体的に軽度の圧痛あるが、guarding/rigidityは認めず。四肢浮腫なし、四肢・体幹共に皮疹を認めず。

採血結果

WBC 5100/μL(neu 81%、eos 3%、mon 3%、lym 13%)、Hg 7.8g/dL(MCV 97fl、MCHC 35.5g/dL)、Plt 11.5万/μL、AST 8IU、ALT 9IU、ALP 127U/L、T-bil 0.7mg/dL、LD 127IU/L、CK 243IU/L、BUN 8mg/dL、Cre 0.53mg/dL、Na 122mEq/L、K 3.7mEq/L、Cl 96mEq/L、Ca 5.8mEq/L(補正Ca 8.0mEq/L)、TP 5.3g/dL、Alb 1.7g/dL、CRP 4.63mg/dL(約10日前から徐々に上昇)、β-Dグルカン陰性。


以上がコンサルト時に分かっていた臨床経過と主な検査所見です。電解質異常や正球性貧血などもありますが、コンサルトの時点で原因のはっきりしないプロブレムを大別すると、①ステロイド内服患者に発症した多核球優位の髄膜炎(おそらく発症3~4日目と推測)、②嘔気および腹部膨満を認め、さらにCTでの上部小腸壁肥厚を伴う閉塞所見が存在、③両側肺のすりガラス影(ただし、これは最終的に肺うっ血のようでした)、④数年前からの出現消退を繰り返す全身性の膨疹様の紅斑――が挙げられるでしょうか。


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Q:この症例に関して皆さんはどのように考え、どのようにマネジメントしますか?

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(つづく)

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