No. 442013. 09. 10
成人 > ケーススタディ

肺結核症診断の原則 ――いわゆる「後医」の立場から(3/3)

山口宇部医療センター 呼吸器内科

大藤 貴

帝京大学ちば総合医療センター 血液リウマチ内科

萩野 昇

(今号は3週連続で配信しました。1号目 2号目

肺結核ハイリスク群では胸部X線撮影・喀痰抗酸菌検査をより積極的に行なう

 前述のように、身体所見・画像所見ともに、典型例がある一方で多数の非典型例が存在する。このように、肺結核はとらえどころのない疾患であり、難しく考えすぎないことが大切である。他疾患としては非典型的で、「何か違うな、肺結核であったら困るな」という気持ちで、胸部X線撮影と抗酸菌検査を行なうことが早期診断の鍵となる。

 特に、その検査の閾値を下げるのは、結核発病のハイリスクグループおよび典型的なシチュエーションである。それぞれについて示す。

結核発病のハイリスクグループ

 表1[1]に挙げたグループに含まれる患者で、とらえどころのない感染症、特に呼吸器感染症を疑う場合は、肺結核を鑑別の一つに挙げ、積極的に検査を行なう。

 筆者の個人的な意見となるが、超高齢者や認知機能に障害のある患者などは症状を訴えないことが多く、上記グループのうち超高齢者が何らかの体調不良を認めて入院した場合は、入院時に胸部X線撮影と喀痰抗酸菌検査はルーチンで行なうほうがよいと考える。

経験することの多い結核感染症の典型例

 肺結核を積極的に疑うべきパターンを表2[2]に挙げる。このような場合も、胸部X線撮影および喀痰抗酸菌検査を積極的に行なう。

表1 感染者中の発病リスク要因(文献1より引用)

結核発病の相対危険度

HIV感染/AIDS

50-170

臓器移植(免疫抑制剤使用)

20-74

珪肺

30

慢性腎不全よる血液透析

10-25

2年以内の結核感染

15

胸部X線画像で陳旧性結核病変(未治療)

6-19

生物学的製剤使用

4.0

経口ステロイド使用

2.8-7.7

吸入ステロイド使用

2.0

その他免疫抑制剤使用

2-3

コントロール不良の糖尿病

1.5-3.6

低体重

2-3

喫煙

1.5-3

胃切除

2-5

医療従事者

3-4

(健常者で既感染からの結核発病リスクを1とした場合)

表2 肺結核を積極的に疑うべきパターン(文献2より引用・改変)

1.抗菌薬に反応しない「肺炎」もしくは「不明熱」とされている例

2.高齢者の繰り返す「誤嚥性肺炎」

3.前医や、健康診断で「結核疑い」とされた例

4.1年以内に塗抹陽性患者と接触した例

5.他疾患の治療中に、咳、発熱が出現し治りにくい例

6.原因不明の体重減少、衰弱

陳旧性結核は常に再燃を意識する

 日常診療で高齢者を診ていると、「陳旧性結核」とされている胸部X線写真の異常陰影に出合うことがしばしばある。本人に聞いても、治療したことがないという場合もある。陳旧性結核とされていても、以前の胸部X線写真と比べて新しい陰影を認める場合や何か症状が続く場合は、喀痰抗酸菌検査を行なうことが重要である。できれば、このような患者の主治医になった場合は、年に1回はX線撮影を行ないたい。

 接触者健診において、ツベルクリン反応に代わり第一選択となったのがIGRA(interferon-γ release assays)である。結核菌特異抗原に対するIFN-γを測定する血液検査で、BCG接種歴に影響されない。現在はQFT-3G®とT-SPOT.TB®が用いられており、どちらも有用な検査である。わが国では、発病リスクの低い健常者においては同等のパフォーマンスを示している[3]。

 活動性結核に関して、QFT-3G®の感度は80%、特異度は79%、T-SPOT.TB®の感度は81%、特異度は59%にすぎない[4]。肺結核の診断は、原則として画像検査と喀痰抗酸菌検査で行ない、IGRAはあくまでも補助診断として用いることが重要である。

 陽性になった場合、活動性結核であるのか、現在活動性のない既感染であるのかは判断不能である。高齢者や高蔓延地域出身者など、肺結核を発病していなくても高率に陽性をきたす場合は診断的価値が低くなる。

 陰性であった場合、結核菌に感染しているリスクは低く見積もってよいが、前述のように感度はそれほど高くなく、これ単体で除外することは危険である。HIV陽性例の結核や粟粒結核などは、ツベルクリン反応が陰性化することがあるため、同様にIGRAも偽陰性をきたす可能性がある。

 IGRAの値は検査日で変化することも報告されており[5]、上記の場合を踏まえ、単体で評価しないことが肝要である。

 以上に書いたように、肺結核の診断には思わぬ落とし穴が多い。本稿が読者の皆様の肺結核診断ブラッシュアップに少しでも参考になれば幸いである。


【References】
1)日本結核病学会予防委員会・治療委員会:潜在性結核感染症治療指針,結核,2013;88(5):497-512.
3)Higuchi K,et al:Comparison of specificities between two interferon-gamma release assays in Japan.Int J Tuberc Lung Dis.2012 Sep;16(9):1190-2.
4)Sester M,et al:Interferon-γ release assays for the diagnosis of active tuberculosis:a systematic review and meta-analysis.Eur Respir J.2011 Jan;3(1):100-11.
5)van Zyl-Smit RN,et al:Within-subject variability and boosting of T-cell interferon-gamma responses after tuberculin skin testing.Am J Respir Crit Care Med.2009 Jul 1;180(1):49-58.

(了)

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