No. 272011. 06. 21
成人 > ケーススタディ

周期性の発熱と下肢痛を主訴に受診した20代女性(3/4)

市立奈良病院感染制御内科

忽那 賢志

奈良県立医科大学附属病院感染症センター

笠原 敬

 (今号は4週連続で配信しています。1号目 2号目
※本症例は、個人情報保護の観点から、経過や治療について大幅に加筆・変更しています。


 これまでの患者の状況を整理すると、次のようになる。

9/1~8…ウズベキスタンのリシュタンに日本語学校でのボランティアで訪れた。
9/12…39℃の発熱があり近医受診。CFPN-PI、ロキソプロフェンが処方された。CFPN-PI100mg×3/日を3日間内服して解熱。
9/24…39℃の発熱。残っていたCFPN-PI100mgを2回内服して解熱。
10/4…39℃の発熱。残っていたCFPN-PI100mgを1回内服して解熱。
10/15…午後から38℃の発熱あり、当院受診。発熱は10/17 朝まで続き、その後は解熱。発熱はCFPN-PIを飲んだときと比べて、飲まなかったときのほうが長く続いたという。
10/26…午後から38℃の発熱あり。

 またしても11日間隔で発熱している。とりあえずは感染症を中心に鑑別を進めてきたのだが、果たして感染症でこのような発熱パターンの疾患などあるのだろうか? むしろ周期性の発熱としてTNF受容体関連周期性症候群や家族性地中海熱などの疾患も考えたほうがよいのだろうか? しかし、CFPN-PIを飲まなかったときのほうが解熱まで時間がかかったというエピソードは細菌感染症を思わせるが……。

 ダメだ、全然分からない……。完全な手詰まり状態となった私は、いったん心の整理をするために、奈良市にある秋篠寺という小寺に行くことにした。私の最も愛する仏像である伎芸天に症例の相談をしようと考えたのであった。静謐な秋篠寺本堂の中に佇む伎芸天像に、私は心静かに話しかけた。

 「伎芸天様……、私には分かりません。彼女の病気はいったい何なのでしょうか? いくら調べても診断がつきません」

 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 「……私にではなく、韋駄天に聞きなさい」

 韋駄天? 伎芸天と同じ天部に属する仏である韋駄天に聞いたほうがよいということだろうか? 確かに伎芸天は芸の道の神様であり、医学については詳しくないとは思うが、かと言って、韋駄天が周期性発熱について詳しいという話は聞いたことがない。また、私の仏像に関するマニアックな知識によると、奈良県内に韋駄天像を祀っている寺はなかったはずだが……。

 「伎芸天様、どこにいらっしゃる韋駄天様に相談すればよろしいのでしょうか? この近くですと、岐阜県の乙津寺にいらっしゃるかと思うのですが……」

 「……メールで投稿すればいいじゃん」

 いいじゃんって言われても……、韋駄天のメルアドなんか知らないし。……投稿? あ、そうか、イダテンってIDATEN(日本感染症教育研究会)のことか。さすが伎芸天様。IDATENのことまで知っていらっしゃるとは悟りが深い。確かに、IDATENのメーリングリストには輸入感染症に詳しい先生が加入しているかもしれないし、輸入感染症でないとしても何かヒントが得られるかもしれない。さっそく私は伎芸天の教えに従って、IDATENメーリングリストで症例相談をしてみることにした。これまでの経過を簡単にまとめて、どのような疾患が考えられるのか伺った。

IDATENメーリングリストの皆様
市立奈良病院の忽那と申します。
現在、大変診断に難渋している症例があり、皆様からアドバイスをいただければと思い投稿させていただきました。
症例は20歳代女性で、主訴は「10~12日間隔で繰り返す発熱と下肢痛」です……

 全然返事がこなかったら泣いちゃうかも……という心配も杞憂に終わり、投稿から間もなく私信メールも含めて多数の返信をいただいた。すごいぞIDATEN! さっそく、挙げていただいた鑑別診断から絞っていくことにした。

 数々の鑑別診断の中で一つ気になる疾患があった。“relapsing fever”(回帰熱)。名前からして、いかにもという感じである。はっきり言って、学生の頃にチラッと教わった覚えはあるが、すっかりその存在を忘れていた。しかし、UpToDateで回帰熱について調べてみると、その臨床症状は本症例にぴったり当てはまる。これは怪しい……というか、回帰熱に違いない。

 発熱期には菌血症の状態になっているため、 回帰熱の診断は全血スメアを鏡検することでできるらしい。マラリアと同じギムザ染色でよいらしく、ちょうどマラリア原虫を調べるために染色したスライドが検査室に残っていたので、救急外来に置いてある顕微鏡を覗いて回帰熱ボレリアがいないか探すことにした。

 しかしまあ、なかなか見つからない。かれこれ2時間くらい顕微鏡を覗いているだろうか。そろそろ、救急外来の看護師が「この人は休日に顕微鏡を延々と覗いて何をしているのだろう? 友達がいないのだろうか?」という不審な目で私を見始めている。確かに友達はいないが……。
もうあきらめて、岐阜県まで韋駄天像を見に行こうかと考え始めたそのとき、顕微鏡で何かが見えた(図)

図 スピロヘータ(1)

 これはまさかスピロヘータじゃないだろうか? いや、そうに違いない! さっそく私は、困ったときにいつも相談している遠隔指導医の奈良医大感染症センターK先生にメールで写真を送ってみたところ、すぐに返事が来た。

 「うーん……ゴミじゃない?」

 ゴミじゃねええええええ! スピロヘータでしょ! 確かに、この写真は汚くて分かりにくいけれど……。院内で当直をしていた検査技師さんに先ほどのスピロヘータを探してもらい、きれいな写真を撮り直すことにした。「世紀の発見の当事者になれますから!」と詐欺のような手口で鏡検してもらえるように頼み込んだ。すると、ものの5分ほどでスピロヘータを探し当ててくれた(図)。私が顕微鏡と格闘した2時間は何だったのか……。

図 スピロヘータ(2)

 おお! これはスピロヘータで間違いなさそうだ。回帰熱! テンションマックス!

 K先生にもう一度相談したところ、「さすがオレの見込んだ男だ」という、先ほどとは真逆のコメントをいただいた。さっそく、国立感染症研究所の先生と連絡を取ることにした。後日、国立感染症研究所に血液培養で採取した血液ボトルを郵送し、PCR検査を行っていただいたところ、数日後にBorrelia persicaが陽性になったとの報告があった。ギムザ染色およびPCR検査から、診断は「回帰熱」となった。

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 最終診断:回帰熱

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(続く)

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