No. 272011. 06. 02
成人 > ケーススタディ

周期性の発熱と下肢痛を主訴に受診した20代女性(1/4)

市立奈良病院感染制御内科

忽那賢志

奈良県立医科大学附属病院感染症センター

笠原敬
(今号は4週連続で配信します。)
※本症例は、個人情報保護の観点から、経過や治療について大幅に加筆・変更しています。

 2010年10月中旬。記録的な猛暑がようやく過ぎ去り、遠くから聞こえる鹿寄せのホルンの音色が、奈良にも秋が来ていることを告げていた。
2010年は遷都1300年祭のため秘仏のご開帳が目白押しであり、私の寺巡りのスケジュールはかなりタイトな状況になっていた。

 「ヤバいな……。今のペースだと場合によっては有給休暇を取って、平日にお寺を巡ることも視野に入れないと……。まったく、お寺巡りも楽じゃないぜ」

 まるで過密スケジュールをこなすエリートサラリーマンのような気分に浸っていたそのとき、ポケットのPHSが鳴り、私は現実に引き戻された。20歳の女性が「発熱」を主訴に受診に来たとのことであった。私は「まあ、ただの風邪だろう」と軽い気持ちで内科外来に向かったのであった。

 診察室に入ってきた患者は、今どきの大学生という感じの女性だった。おそらく普段はキャピキャピしているのだろうが、発熱のためかどんよりとした表情を浮かべていた。当日の午後から38℃台の発熱があり、腰から下がすごく痛いという。発熱と関節痛・筋肉痛……、まあ発熱疾患でよくある症状と言えるだろう。

 しかし、よく話を聞いてみると、彼女はこの1か月の間に4回も同じ症状を繰り返しているというのだ。しかも、決まって10~12日間隔だという。彼女自身も、さすがにこれは普通の風邪ではなさそうだと思い、4回目の発熱があったこの日、病院を受診することに決めたという。これまでの経過を詳しく聞いてみた。

■症 例:20歳代女性
■主 訴:10~12日間隔で繰り返す発熱、下肢痛
■現病歴:
・9/12…39℃の発熱があり近医受診。感冒と診断され、塩酸セフカペンピボキシル(CFPN-PI)、ロキソプロフェンを処方された。CFPN-PI 100mg×3/日を3日間内服して解熱。
・9/24…39℃の発熱。残っていたCFPN-PI 100mgを2回内服して解熱。
・10/4…39℃の発熱。残っていたCFPN-PI 100mgを1回内服して解熱。
・10/15…午後から38℃の発熱があり、当院受診。

 確かに10~12日間隔で発熱を繰り返している。それにしても、感冒と診断されたのに抗菌薬って……。前医の処方内容にやや疑問を感じたが、彼女自身は「抗生物質を飲むと熱が下がる」とハッキリ自覚しているという。

 セフェム系が有効な細菌感染症だろうか? だとすると、発熱を繰り返しているのはpartial treatmentによるものかもしれない。まあ、本人が効いていると思っているだけで、単なる自然経過で解熱しているだけなのかもしれないので、あまり鵜呑みにしないでおこう。続いて、既往歴や生活歴などについても聞いてみた。

■既往歴:アレルギー性鼻炎、発達歴異常なし、手術歴なし
■嗜好歴:タバコ3本×5か月、アルコールは機会飲酒のみ
■職 業:大学生
■その他
・ペットは飼っていない、曝露歴もなし
・結核を含めsick contactなし
・受診時は交際相手なし、半年以上性交渉歴なし

 既往歴・生活歴からは、特にこれといって手がかりとなる情報は得られなかった。特に基礎疾患のない健康な若年女性と考えてもよいだろう。次に、review of system(ROS)の聴取を行った。

■review of system
【あ り】
・下肢の関節痛・筋肉痛
・発熱前の悪寒戦慄
・軽度の頭痛
・全身倦怠感
【な し】
・鼻汁、咽頭痛
・咳、痰、呼吸苦
・胸痛、腹痛、背部痛
・悪心・嘔吐、下痢
・食欲不振
・残尿感、排尿時痛
・目の奥の痛み

 「とにかく下肢が痛い」「腰から下の関節と筋肉が痛くてちぎれそう」と彼女は表現した。熱が続く数日間は下肢痛も続くが、熱が下がっている時期は嘘のようにすっかり消えてしまうという。関節痛や筋肉痛は、インフルエンザやデング熱などのウイルス感染症、感染性心内膜炎やレプトスピラ症などの細菌感染症、マラリアなどで見られる。そのほか、関節リウマチや全身性エリテマトーデス、成人発症スティル病、多発性筋炎/皮膚筋炎などの膠原病も鑑別として考えられるかもしれない。呼吸器・消化器・泌尿器の症状はまったくないようだ。ここまで問診したところで、身体所見を取った。

■身体所見
・体温39.8℃、身長151cm、体重48kg、血圧112/70mmHg、脈拍90/分、呼吸数14/分
・意識清明、jolt accentuation 陰性、neck flexion test 陰性
・眼瞼結膜:出血斑なし、貧血なし、黄染なし
・口腔内:う歯なし、咽頭発赤なし、舌苔なし、潰瘍なし
・右頚部リンパ節の圧痛あり、腋窩リンパ節・鼠径リンパ節の腫大および圧痛なし
・呼吸音異常なし
・心音:S1→、S2→、S3(-)、S4(-)、心雑音なし、PMIは第5肋間左鎖骨中線上
・腹部:平坦、軟、腸蠕動音は生理的範囲、圧痛なし、触診上肝臓は触れないが脾臓を触れる、Murphy 徴候陰性、Blumberg 徴候陰性
・CVA knock pain なし
・下肢の筋把握痛なし、関節腫脹なし、下腿浮腫なし、手掌にも出血斑なし
・四肢・体幹に皮疹なし、右大腿内側にeschar があるが発赤・疼痛なし(図)
図 右大腿内側のeschar

 40℃近い発熱があるにもかかわらず、脈拍は90/分と正常範囲であり、比較的徐脈と言えるだろう。ほかに異常所見としては、頚部リンパ節の圧痛、脾腫(?)、escharくらい。強い疼痛の訴えのある下肢については、身体所見上はまったく異常は見られなかった。

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 これまでの情報から、どのような鑑別診断が挙げられますか?
追加の問診事項などがあるでしょうか?
これから必要な検査には何がありますか?

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(続く)

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