KANSEN JOURNAL No.14(2009.11.10) 
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[ミニレビュー]

AASLD 慢性B型肝炎ガイドライン(1/3)

神戸大学都市安全研究センター 医療リスクマネジメント分野
神戸大学大学院医学系研究科 微生物感染症学講座 感染治療学分野

大路 剛


(3分割配信の1回目です)

 このジャーナルを読んでくださっている医師の方はおそらく多くが感染症に興味をいだいておられる感染症内科医、総合内科医や呼吸器内科医だと思います。日本で感染症診療や一般内科をするうえで避けて通れないのがB型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus: HBV)とC型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus: HCV)です。

 私が知るかぎり、米国、英国、台湾、インドなどでも、肝炎は主に肝臓内科医がマネジメントしており、それは日本でも変わりません。しかし、東アジアで診療する内科医にHBVの知識は欠かせません。

 そこで今回は、2009年9月にAASLD(American Association for the Study of Liver Diseases)からupdateされた慢性B型肝炎のガイドラインを3回に分けて簡単に紹介します。治療についてはかなり専門的な知識になりますので、抗ウイルス剤の併用療法などについて興味がある方はガイドライン本体を読んでいただければ幸いです。また大半の推奨のエビデンスレベルはIIIであるため、それ以外のgradeのところのみ記入しています。

[Grade Definition]
I   Randomized controlled trials
II-1 Controlled trials without randomization
II-2 Cohort or case-control analytic studies
II-3 Multiple time series, dramatic uncontrolled experiments
III  Opinions of respected authorities, descriptive epidemiology


HBV感染における用語

 最初に、混乱しがちな用語をまとめます(表1)。 


表1 B型慢性肝炎に関する用語と診断の定義
    (AASLDガイドラインより改変)

<用語の定義>

慢性B型肝炎(Chronic hepatitis B)
B型肝炎ウイルスの持続感染による、慢性の壊死炎症性の肝疾患。HBeAg陽性とHBeAg陰性のグループに分けられる
非活動性HBsAgキャリア
(Inactive HBsAg positive career state)
B型肝炎ウイルスの持続感染者で、肝臓に有意な進行性の壊死炎症病変を認めないもの
沈静化したB型肝炎
(Resolved hepatitis B)
過去にHBV感染してもウイルス学的、生化学的または組織学的に活動性ウイルス感染と疾患が存在しないもの

B型肝炎の急性増悪またはフレア
(Acute exacerbation or flare of hepatitis B)

アミノトランスフェラーゼが間欠的に、@正常上限の10倍以上、かつ、Aベースラインの2倍以上の上昇

B型肝炎の再活性化
(Reactivation of hepatitis B)

活動性壊死炎性病変が、非活動性HBsAgキャリアまたは沈静化したB型肝炎患者に再度現れた状態

HBeAgのクリアランス
(HBeAg clearance)

HBeAgが以前は陽性だった患者から消失すること

HBeAg のセロコンバージョン
(HBeAg seroconversion)

HBeAg陽性でHBeAb陰性であった患者から HBeAgが消失し、HBeAbが検出されるようになること

 

<診断基準>

慢性B型肝炎(Chronic hepatitis B)

 

1. HBsAgが6か月陽性

2. HBVDNAが20,000 IU/mL (5 log copies/mL)以上。HbeAg陰性患者では2,000-20,000 IU/mL (4-5 log copies/mL)

3. 持続的または間欠的に ALT/AST が上昇

4. 肝生検で慢性肝炎と壊死炎症性病変を認めること

非活動性HBsAg キャリア
(Inactive HBsAg positive career state)

 

1. HBsAgが6か月陽性

2. HBeAg陰性、HBeAb陽性

3. HBV DNA が2,000 IU/mL(4 log copies/ml)以下

4. 持続的に ALT/AST が正常

5. 肝生検で有意な肝炎所見なし

沈静化B型肝炎(Resolved hepatitis B)

 

1. 以前に急性または慢性B型肝炎があった患者、またはHBcAbかHBsAbが陽性

2. HBsAg陰性

3. HBV DNA検出感度以下

4. ALT正常

 

HBVのスクリーニング

 Hepatitis B virus(HBV)は、全世界では3億5千万人という多くの人々が慢性感染していると考えられています。慢性肝炎は多くの人が無症状ですが、15%から40%の人が肝硬変、肝不全や肝細胞癌(Hepatocellular carcinoma:HCC)など重篤な合併症をきたします。早期に発見することは、@適切な治療または経過観察、A他者への感染予防など患者教育のためにも重要です。AASLDは妊婦へのスクリーニングを、本人が感染する危険性が高い場合に加え、垂直感染予防の意味から推奨しています(表2)(grade I)。高リスクの国土に住む日本人は当然スクリーニングの対象となります。

表2 HBVスクリーニングを考慮するにあたって
    (AASLDガイドラインより改変)

・B型肝炎の高リスク(有病率が8%以上)から中リスク国(有病率が2〜7%)の出身者、移民とその子ども

・すべてのアジア諸国(スリランカを除く)

・すべてのアフリカ諸国

・南太平洋諸国(オーストラリアとニュージーランドの原住民以外の住民を除く)

・中東諸国(キプロスを除く)

・西ヨーロッパではギリシャ、イタリア、マルタ、ポルトガル、スペイン

・東ヨーロッパではハンガリー以外のすべての国

・北極の原住民

・南米ではアルゼンチン、ボリビア、ブラジル、エクアドル、ギアナ、スリナム、ベネズエラ、コロンビアとペルーのアマゾン流域

・中米ではベリーズ、グアテマラ、ホンドュラス、パナマ

・多くのカリブ諸国


<上記以外の高リスク者と推奨対象者>

・HBsAg陽性患者の同居人または性交渉パートナー

・静注薬剤の使用歴がある

・性交渉パートナーが複数、または性感染症の既往がある

・男性と性交渉をする男性

・刑務所の囚人

・慢性的にALTまたはASTが上昇している

・HCVまたはHIVに感染している

・透析患者

・すべての妊婦

 

 測定項目としては、HBsAgとHBsAbに加え、HBcAbを考慮することになっています。日本では、疑い病名では保険診療上HBsAgしか測定できません。またHBcAbのみ陽性(HBsAgもHBsAb陰性)になった症例では以下の4つの可能性が考えられます。

@HBsAgが時間が経って陰性になってしまった慢性活動性肝炎
  HBV DNAは陽性のままのこともあり、特にHIV感染症例やHCV感染症例で見受けられます。

AHBsAbが時間がたって陰性化してしまったResolved hapatitis
  1回だけHBVワクチンを接種すると免疫記憶により抗体上昇が著明に認められます。

BHBc抗体が偽陽性
  非常にHBV感染の頻度が低い国なら可能性はあります。

C急性肝炎でHBc抗体しか認められない時期
  IgMHBcAbを測定したらはっきりとします。

 AASLDのガイドラインでは言及されていませんが、これ以外にもendemic areaの日本や台湾ではHBsAg陰性のB型肝炎株があります。 これに対してはHBcAbを測定することで検出することが可能です。

(つづく)


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